(『カードック』04年6月号より) |
[社長が決断するとき・第5回 |
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つぎつぎと襲ってくる試練こそ成長の原動力 |
産業構造転換の嵐が吹き荒れている。ここ二年は、業歴三十年以上の老舗企業の倒産が倒産全体の三割近くになっている。かって無かったことである。転換期には得意先の倒産など突然の突風に翻弄されることも少なくない。そんな困難を乗り切った先達の経験に学ぶことは、リスクマネジメントの面から今こそ必要だ。先達の生々しい経験をお伝えしたい。 |
■米国産牛肉輸入禁止のつけ | |
平成十五年十二月、アメリカの牛にも狂牛病が発見され、わが国は米国牛の輸入禁止措置を取った。以来、牛丼・吉野家をはじめ多くの牛丼チェーンや焼肉チェーンなどが対策に苦慮していることはご存知のとおりだ。 西新宿を中心に牛たん・麦とろ・和風シチューを提供している「新宿ねぎし」(鰍ヒぎしフードサービス)も、現在、食材こそ間に合っているものの、大きな影響を受けている。 東京・新宿界隈に縁のある人ならば、「新宿ねぎし」の炭火たん焼き、むぎめし、とろろ、そしてテールスープのついた牛たん定食を味わったことがある人は少なくないだろう。高栄養なのに低カロリー、素材と健康にこだわったメニューは多くの顧客の強い支持を集めている。 「新宿ねぎし」は、現社長の根岸榮治が、発展性のある新宿で一番になろうと、二十年前に創業した。現在、都内に「新宿ねぎし」十八店、韓国家庭料理「コパンコパン 」二店の計二十店、売上高三十億、社員数四七〇人(パート含む)と着実に成長してきた。 |
■つぎつぎと襲い掛かる試練 | |
しかし、その成長の軌跡は決して順風満帆ではない。フードサービス業は人づくりこそ鍵と早くから人材教育に力を入れ、また、幹部を巻き込んでの経営計画づくりを進めるなど経営品質向上に努力してきた。その結果、優良会社と評されるようになってきたが、外部環境による大きな試練を三回受けている。 第一の試練は 五年前のことだ。某ビールメーカーのテレビCMで、娘三人が焼肉レストランへの階段を上りながら「♪牛たん♪牛たん」と歌うCMである。 「いやあ、テレビCMの効果は凄いですね。それまで日本では牛たんを食べる女性は少なかったのですが::このCMで一気に増えましたね」(根岸榮治) 牛たんを食べる女性が増えたのはいいが、食材相場が急騰し、さらに食材が間に合わない状態になった。当時新宿ねぎしは牛たん専門店だったからこれには困った。 このときは、メニューに「牛カルビ定食」を追加して乗り切った。こう書くと簡単なようだがそうではない。何しろ、新宿ねぎしは品質に非常にこだわるから、千円以内の価格で本当に満足していただける商品に仕上げるのは、試作、試作の積み重ねで大変なエネルギーが必要だった。 |
■第二の試練!二〇〇一年の狂牛病ショック | |
しかし、このとき「牛たん専門店」から、「肉の定食専門店」へと転換したことは、〇一年九月起こった狂牛病事件という第二の試練を乗り越えるための貴重な財産になった。 このときの影響はすさまじかった。翌十月から売り上げは半減した。年を越しても客数の戻りははかばかしくなく、四月ごろまで売り上げは三割程度落ち込んだままであった。このときはつぎの対策を取った。 @牛たんの厚みを少し厚くし食感のレベルアップを図った。 A新メニューとして「豚肉のうまから焼き」を追加した。その結果、牛と豚のミックスという新商品も誕生した。 Bとろろとテールスープも素材のグレードを上げ調合を変えて、さらに品質アップを図った。 このような努力の効果は徐々に現れてきたが、それでも〇二年四月の決算では、創業以来はじめて赤字決算になった。 |
■どんなに苦しくとも「人材共育」の看板は下ろさず | |
しかし、根岸の偉いことは、このようなピンチ状態でも「人材共育」の看板は下ろさなかったことだ。たとえば、ねぎしフードサービスには本部オフィス内に「ねぎし大学」という研修室があり、社員は月に四〜五回は通ってきて勉強している。このような教育は経営ピンチの中でも何ひとつ変えることなく続けてきた。 また、ねぎしフードサービスでは、従来から「Quallty:クオリティ:味」、「Servicf:サービス:笑顔」、「Cleaniness:クレンリネス:清潔」、「Hospitallty:ホスピタリティ:気づき」を四大商品と位置づけるほか、「親切という企業文化づくり」をビジョンとして掲げているが、これらへの取り組みもさらに意識を高めて挑戦した。 |
■ピンチこそチャンスを実践 | |
このような努力の結果、翌〇三年の決算は黒字決算に戻した。 しかし現実は容赦がない。今、ねぎしフードサービスは三回目の試練を受けている。いうまでもない、昨年十二月の米国での狂牛病発生だ。幸い当分の間の食材は確保しているが、牛肉の卸価格の高騰により、利益の確保が困難になってきた。 しかし、二回の試練を乗り切ってきた根岸には動ずる気配はない。今回は「豚ロースのミソ風味炭火焼き」を投入したが、これが特に女性客に人気があり、客数の減少も僅かである。 今、根岸は、二〇一〇年までに売上高一〇〇億円、経常利益三億円の「一一三」計画を目標として挑戦している。また、ISOの認証取得、日本経営品質賞への挑戦も目標として掲げている。 それだけではない。三回の試練で力をつけたメニュー開発力をバネにさらにスケールアップした新業態店を構想し、今、着々と一号店出店の準備を整えている。 「今までの危機がなかったら、のんびりやっていて成長はなかったかも知れませんね。まさにピンチはチャンスですね」(根岸) |
最後に「親切という企業文化づくり」を象徴するエピソードを紹介しよう。 最近のことである。混雑時に四人連れの客が見えた。最初は何を言っているのかわからなかったが、段々様子がわかった。聾唖者だったのである。忙しい時間帯だったが、写真つきのメニューを用意し、一人のアルバイターがつきっきりで、納得いただけるまで説明し応対した。四人が食事を終えて出て行ったテーブルにツマヨウジが並んでいる。何だろうと見ると「アリガト」と書いてあった。 (敬称略) |