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筆跡鑑定人ブログ-77
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
アルファベットの鑑定
私は、筆跡鑑定は、日本語は当然として、その他は、英語、フランス語、ドイツ語、中国語などに対応している。一度ハングル文字はどうかと言われたが、自信がないのでお断わりした。
ハングル文字も、単純に字形や運筆で見ることは出来るが、標準的な書き方と崩した書き方の程度が分からないので無理しなかったのである。しかし、警察OBの鑑定書を見ると、単純に、字形と運筆の比較で行っているのが多いので、この程度なら十分対応できる、今度、問い合わせがあったら取り組んでみようと思っている。
一昨年、英文の署名とサインの両方を鑑定したので、それを紹介したい。署名とサインは同じではないかと思われるかも知れないが、今回は、金融機関の借用書に署名をしたものは、日本人に読めるように活字体で崩さずに書いているので、それを署名ということにした。
欧米人のいうサインは、それとは異なり、他人に読める必要はなく、他人に偽造されないよう工夫をしたものをいう。特に社会的に責任の重い人ほど、安全のために複雑で個性的なサインを工夫している。
「太陽がいっぱい」のアランドロンのサイン偽造
サインの偽造というと、アランドロンの『太陽がいっぱい』を思い出す方が多い。アランドロン扮する貧しい青年トムは、ブルジョアの放蕩息子を殺し、その莫大な財産を手に入れようと、彼のサインを偽造しようとした。
スライドで拡大したサインを模造紙に映し出し、そのサインを、何回となく上からなぞって書き、その運筆癖を身に付けようとしていた。その場面を思い出す方は多いだろう。
あれは、鑑定人の私から見ても正しい方法だと言える。拡大しないと細かなタッチなどが分からないからである。ただし、拡大文字で特徴をマスターしたら、今度は、普通の大きさの文字で脳に記憶させる必要はあるだろう。
今回の鑑定は、金融機関から500万円を借りた在日の米人が、借用証に署名とサインしたのは自分ではないと否定して事件になった。アルファベットの署名と、大きく崩したサインなので、日本人には分からないと思ったのかも知れない。
活字体で書いている署名は完全に本人だと断定できた。これは十分な一致箇所があり疑問の余地はなかった。つまり「同一人の筆跡と認められる」との結果である。サインの方は、鑑定資料のサインと対照資料のサインとでかなりの変化があり「本人と推定する」という結果になった。
鑑定で「推定」の意味するもの
ついでだが「推定する」というのは正式な鑑定用語であり、「本人らしい」というような曖昧な意味ではない。「鑑定の様々な結果から判断して本人であるとしか見ることができない」ということであり、本人だと断定するのに比べると一段階弱いが、「総合的に考察して、この結論しかありえない」という意味である。
今回は、その署名「○○○○○○○○ WARD ○○○○○○」の氏名から、プライバシーに配慮してフルネームではなく「WARD」の部分だけをだけを取り出して説明しよう。
鑑定資料Aが、借用証に書かれた筆跡である。この筆跡が対照資料Bの筆跡と一致すれば、本人の署名ということになり、WORD氏は500万を払わなければならなくなる。言うまでもなく、鑑定の依頼者はそれを望んでいる。
英字ではどのような特徴を指摘するのか
私は、a~fの6箇所を指摘した。まずaで指摘したのは、「W」字の下向きの2つの山の部分、この部分がカッチリと角張らずに少し丸みを帯びていること。
これは「運筆」のひとつの癖である。それが2資料に一致している。bで指摘したのは、同じ「W」字の、今度は「V」の横幅である。最初のVより後ろのVの方が横幅が大きく書かれる。これも2資料に一致している。
cで指摘したのは、やや稀少な特徴である。「A」字の逆Vが、キッチリした三角ではなく、弾丸の先のように丸く曲線に書かれている。この特徴は、形態から見て、明確に偶然性のものではなく筆跡個性であり、それが2資料に一致している。
dで指摘したのは、「A」の横画が右に少し突出すること、eで指摘したのは、「R」のループ部分が右真横に張り出すのではなく、矢印で示したように、「右上」方向に張り出すこと、いずれも2資料に一致している。
そして、最後のfで指摘したのは、「D」字が、「下膨れ」状に書かれることである。これらの特徴も、全て、偶然なった形状というのではなく、明らかに筆跡個性といえる。それぞれ2文字に一致している。
ということで、全部で22字の氏名の筆跡から、計18カ所の特徴を指摘して、疑問の余地なく、同一人の筆跡であると結論することができたのであった。「WARD」氏は、日本の鑑定をどのように感じたのだろうか。
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