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筆跡鑑定人ブログ-56
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
「家貧しくて孝子顕る」
松下幸之助は、松下電器産業(現パナソニック)を一代で築き上げたわが国屈指の名経営者である。「経営の神様」と呼ばれ、今なお多くの経営者に影響を与え続けている。
氏は、父親が事業に失敗したため小学校4年で中退し丁稚奉公から身を起こした。本田宗一郎は、尋常高等小学校卒(おおよそ中学校卒)で社会に出て世界のホンダを築きあげた。それも凄いが、松下幸之助は更に幼く小学校4年生なのだ。「家貧しくて孝子顕る」といわれるが、今の日本人には想像もつかない、立派な方々がいたものだ。
つぎは、松下幸之助の「青春」という詩である。「青春とは心の若さである」と瑞々しい精神が謳われている。サムエル・ウルマンの世界的に有名な同名の詩があるが、それを彷彿とさせてくれる。
事業だけでなく人材育成に情熱を燃やした
松下幸之助は事業家として超一流だが、それだけではなく「社会の指導者」としても素晴らしい活動をしている。倫理教育を進めようとPHP研究所を創設した。現在、同社は、出版界で一流の企業に成長している。このような活動は、江戸時代に石門心学を確立した思想家の石田梅岩を倣ってのことのようだ。
氏には、数々の名言がある。「会社は社会の公器である」などは有名だが、中でも人材育成に情熱を燃やしていて「松下電器は人をつくる会社です。併せて家電もつくっています」などは凄い一言だ。ここまで言い切れる経営者はまずいないのではないだろうか。
その思想が、晩年86歳のときには、私財70億を投じて財団法人松下政経塾を創設させた。日本には、次代のリーダーを育成することが必要だとの考えからだ。卒塾生からは、既に50人以上の国会議員を輩出しているそうだ。
さて、それでは松下幸之助の筆跡を拝見してみよう。つぎは、先ほどの「青春」の詩に添えられていた署名である。
道を切り開く強いリーダー気質
まず第一に「松」字木偏の横画の上に突出した縦画の「頭部突出」である。いかがだろう、実に力強く堂々としている、そしてその突出が長い。この突出の長さは、実力で道を切り開いてゆく「リーダー気質」を示している。
筆跡心理学的には、横線は、われわれに「平均」といった感覚を与えるらしく、平均的ではありたくないという気持ちの持ち主は、無意識のうちに高い位置に筆を下すらしい。それが「頭部長突出」となる。
この頭部突出は、以前紹介した本田宗一郎も長かったが、松下幸之助も負けてはいない。小学四年生で社会に出て、天下の松下電器を築き上げた気概がよく表れているようだ。
聡明さを表す「横線左方突出」
つぎに、「幸」の字に見られる横画の左への突出である。この突出をわれわれは、「横線左方長突出」といい、頭の回転の速さを示すと解釈している。日本の文字は、本来縦書きで左方向へと進む。その進行方向へ突出するのは「人よりも先を行きたい」という深層心理の反映だと考えられるからだ。
その「人よりも早く」という心理は、例えば、問題を素早く解決しようという要求にもつながる。そのような習慣的・持続的な自己への要求が「素早く頭を働かす」という無意識の行動習慣になって現れると考えられる。
実は、聖徳太子もこの左方突出の書き方をしている。右側の「夫妙法蓮華経」の文字は聖徳太子の直筆といわれるものだが、「華」の字にその特徴が表れている。松下幸之助の「幸」字とよく似ている。
聖徳太子は、一度に10人の訴えを聞き分けたといわれる。10人もの民が一斉に訴えるものを聞き分けるということは、頭を高速回転させタイムシェアリングをしなければ不可能だ。
タイムシェアリングシステム (Time Sharing System, TSS) とは、1台のコンピュータの処理時間をユーザ単位に分割することにより、複数のユーザが同時にコンピュータを利用できるようにしたシステムである。つまり、同時並行的に処理しているように感じられるが、実際は非常なスピードで一人一人に処理時間を配分しているわけだ。
聖徳太子は、そのような、コンピュータ的な頭の使い方をしていたと考えられる。そして、その頭の高速回転は、松下幸之助も同様であったと言えるのである。「一を聞いて十を知る」という言葉があるが、非常に賢明で察しのいい人間であったこと示している。
大物を示す「大弧型」
最後に、松下幸之助の最大の筆跡特徴は「助」の文字にある。「力」の第1画が、大きく右に張り出している。これを私どもは「大弧形」と名付けている。その意味するところは、桁外れの大きな心理エネルギーを示しているということ。
普通に名前を書いてきても、まだまだエネルギーが余っている。そのエネルギーを発散したいという無意識の衝動から、大きく筆を動かすということである。だから、この書き方をする人は、大抵最後の文字にこのような形が現れる。
元首相の橋本龍太郎氏は「龍」字旁の第4画を大きく巻き上げる。泉ピン子は「子」のハネの部分を大きな弧に描く。いずれも大きな心理エネルギーの発露である。そんなわけで、私どもはこの運筆を大物の筆跡といっている。
松下幸之助は、「力」の部分をアンバランスなほどに巨大に張り出して書く。このような書き方を指導する書道家はまずいないだろうから、氏が誰かに教わったりして、意識して書いていることではないだろう。やはり、一代で世界企業を築きあげた並々ならぬパワーがさせるものと感じさせられる。
……ということで、正直、やはり大物は大物ならではの文字を書いているものだなあと感銘させられる。こういう筆跡を真似することで、大物の持つ行動傾向を少しでも身につけたいものだと思う。
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