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筆跡鑑定人ブログ-55
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
「開運なんでも鑑定団」で人気の中島誠之助さん
今回は、「開運なんでも鑑定団」(テレビ東京)で人気の、陶磁器鑑定の第一人者中島誠之助さんの筆跡に迫ってみよう。中島誠之助さんは、価値の低い陶磁器であっても、良いところを見つけ「大事にしてください」と依頼者に語りかける。細やかな心遣いと歯切れのいいトークで人気が高い。
決めセリフの「いい仕事してますね」で1996年度の「ゆうもあ大賞」を受賞。この決めセリフは、鑑定以外の様々な場面でもよく使われ、中島誠之助さんの代名詞のようになっている。
実は、私は出版1作目のとき、中島誠之助さんに筆跡を頂いたという経験がある。知人を介してお願いしたら気持ち良く応じてくれた。本の中で著名人の筆跡事例としてヤナセの梁瀬次郎会長などとともに取り上げさせていただいた。
できあがった拙著をお届けしたところ、ハガキを頂き、そこには「筆跡のご本ありがとうございます。ご診断恐縮に存じます。ご発展を祈ります」とあり、その暖かい心遣いに感動させられた。つぎがその頂いたハガキの宛名書きの部分である。
「のめり込み型」で斯界の権威に
今回は、多くの文字の中から3文字を取り上げよう。まず「青葉区」の「区」の文字である。いかがだろう、この右払いの長いこと。程々で止めればいいのを必要以上に長く伸ばしてしまうのは、好きなことを始めたら程々ではやめられない「のめり込み型」を示している。
中島誠之助さんは古伊万里磁器を世に広め、「日本の古伊万里磁器の相場は中島の鑑定で決まる」といわれるほどの権威でもある。この地位にたどり着くには、相当に熱中しのめり込まなければ無理だろう。まさにこの長い右払いに、中島さんの真骨頂が表れているようである。
「美を求める」強い欲求
つぎに、「寛」のウ冠の左払いに注目願いたい。これも長く書かれている。このような左払いは、必ずといっていいほど、その後、筆は右の方へ移動する。つまり左払いは途中経過なのである。実務的に書こうと思えばこの左払いを必要以上に伸ばしている必要はない。
それなのに、書き手本人も意識しないうちに、スルスルと「伸びてしまう」の何故か。それは、ちょっと格好良く見せたいという深層心理の表れである。その心理の更に奥には「美しいものが好き」という感性がどっしりと腰をおろしているということができる。
「真・善・美」といわれるが、人間に備わっているこの三つの基本欲求のうち、特に「美」に対する欲求が格段に強い人ということがいえるだろう。陶磁器鑑定の第一人者になるには、美への欲求や探究心が人並み外れて強くなくては無理だろう。この「美を求める心」という感性も、中島さんを造っている中心的なモチーフだと思われる。
「様」の字に見る中島誠之助さんの真骨頂
最後に、一番右側の文字を見ていただきたい。このように一字だけ取り出すと何と書いてあるのかがわからないかもしれない。これは「様」の文字である。ハガキでは「根本寛様」と書いてあるので戸惑うことはないが……。
このように、一見すると読めないが、「すこしじっくり見ると何とかわかる」というような文字を「超越文字」と呼んでいる。普通に人は書かない常識を超越した文字ということである。
この文字の書き手は、独創的な分野を切り開いた第一人者や会長などに稀に見られる。一つには、独特の感性があって、文字のエッセンスを独自の形にしてしまう能力があるということだろう。二つには、忙しい生活を送っているので省略して書き、周りが何とか読み取るうちに習慣になるというようなことらしい。
中島さんは、忙しいから省略するということではないだろう。やはり、美意識の一環で、文字のエッセンスを独特に表現したものと思われる。そして、それが、一つの習慣と定着しているようだ。というのも、全く同じ書き方がハガキの文章面にもあるからだ。
何れにせよ、この大胆な「省略文字」……「超越文字」も、中島さんの人間性をよく表している。「いい仕事してますね」の決めセリフの人らしく、書く文字も「いい仕事してますね」と申し上げておこう。
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