誤字はダイヤモンド

筆跡鑑定人ブログ-17

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

別れの季節の悲しい話

三月は別れの季節である。あちこちで、盛大に、時にはささやかに送別会が行われる。この季節になると、鑑定人の私に必ずといってよいほどあるのが、「中傷文」の鑑定である。企業のものもあるが、多くは幼稚園やPTA絡みのものが多い。
私も小学校のPTAの会長をやったことがあるので、その運営をなど巡って何かと確執があるのは理解できる。特に女性中心の集まりで、そこに上下関係が絡むと様相が陰湿になってくるようだ。一つ釜の内は仲良くしているが、いよいよお別れとなると確執が陰湿な形になって表れる。

■厄介な異なる書体の鑑定

今回は、PTA役員からの相談である。「あなたの顔にはブタも負ける。子供もそっくりだ」など、便箋一枚にぎっしりと罵詈雑言が書き連ねてある。書き手は予測できるとのことで、対照する資料を添えて送られてきた。こちらも用箋が三枚ほどある。
さっそく、点検してみると、中傷文と対照文はかなり書体が違う。中傷文は、いわゆる「変体少女文字」といわれる系統の一種の変形文字である。
一方、対照する文字は、一昔前の「丸文字」の雰囲気ではあるが、一応普通の筆跡である。
これは厄介だなと、思いつつ仔細に点検していくとAの文字に出会った。「言」の文字の部分の横画が一本不足している「誤字」である。この様な書き方の人は時にいるもので、毎回ではないが時々、このような書き方になる。時間を節約しようとして自己流の速記文字を身につけてしまうのかも知れない。
「よし! これはいいポイントだ」と思いつつ点検していくと、あと二つ、合計三つを発見した。このように三字もあれば、たまたまの書き損じということではない。安定した筆跡個性といえる。

■ 「あった!」嬉しい一瞬

こんどは、対照文書である。用箋一枚目には同じ文字はまったく見当たらない。二枚目にもない。あきらめかけていたら、「あった!」三枚目の後半になって「話」の字のほか「謝」の文字、同じ省略文字の二字を発見した。(図B)
「これで決定だな」と、ほっと安堵の一瞬である。
この文字だけで同一人と判断したわけではないが、これが決定打の一つになった。筆跡鑑定では、恒常的な「筆跡個性」が一致するか否かを調査するのだが、その筆跡個性もありふれた特徴では意味が薄い。めったに見ない稀少な筆跡個性の一致が重要である。その点で「誤字」は極めて稀少な筆跡個性といえる。しかも、鑑定文で三字、対照文で二字というのは、これだけで同一人と判断できるくらいのポイントである。

今回の鑑定は、書体が違うので最初は懸念されたが、意外に簡単だった。今回のような明確なポイントを発見すると、鑑定人は、まさに河原の砂利の中からダイヤモンドを拾い上げたような気分になるのである。
(19年2月)
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