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筆跡鑑定人ブログ-10
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
「字画形態」と「字画構成」
ご存知のとおり、筆跡鑑定は、鑑定すべき文字と書き手が判明している「対照文字」を比較して同一人か別人かを判定するもの。
さて、この文字の比較だが、プロとアマチュアでは着眼点が異なることが多い。一般にアマチュアは、文字の表面的な形にとらわれる傾向がある。文字の形を鑑定では「字画形態」と「字画構成」と言っている。
字画形態とは、文字を形成している一画、一画の字画の形である。一例をあげれば、一番単純な形として「一」の字がある。一の字といえども、書き手によって相当に形の違いがある。
たとえば「起筆をグイとひねって右肩上がりに書く人」、そうかと思うと「真っ直にただの横棒のように書く人」。あるいは「途中で上に湾曲して左右が少し低くなる人」、逆に「中間が下に湾曲する人」、中には「終筆部がただ終わるのではなく鈎のように折り返す人」というように実に多種多様である。棒のように書く人はドライな傾向で、終筆部を鈎のように引っ掛ける人は、情緒性の豊かな傾向がある。
■個人内変動
字画構成とは、その「一画一画の字画が組み合わされた形」である。交差したり接したりと多様な形態になる。単純な形の一つとして二画で形成される「十」の字がある。この文字でも「縦画と横画の長さのバランス」や「横画の上に縦画が突出する長さ」、「横画の下に縦画が突出する長さ」、あるいは「縦画が横画の中心にあるのか左右のどちらかに寄るのか」などなど、二画で構成されているから一画以上に多様な形になる。
このように字画の形は多種多様であるが、先に述べたように、一般にアマチュアは、うわべの形にとらわれることが多い。たとえば、「木」という字なら「左右の払いの長さ」などは、書くつどに変化が激しい。払いの長さが左右同じ位になったり、左が長めになったり、右が長めになったりと、同じ人間が書いても結構変化するものである。このように、同じ文字、同じ書体における同一人の筆跡の変化を「個人内変動」という。
払いの長さなどは変化しやすい代表的なものだから、同一人でも別人のように見えたりすることが少なくないので、あまり当てにならないものである。
■ 鑑定人の着眼点
われわれ鑑定人は、もちろんそのような字画の形も対象にするが、それ以上に「運筆」や「筆順」などを重視する。
運筆とは、文字を書く際の「筆の動かし方」である。これは、手の動かし方のため、「線の長さ」などに比べるとはるかに安定して表れやすい。たとえば「田」という字であれば、着眼点の一つは第三画から五画にかけての「土」の字の部分の運筆である。これは筆順も含む運筆の例であるが、正しい筆順は「タテ・ヨコ・ヨコ」である。しかし、半数程度の人は「ヨコ・タテ・ヨコ」と運筆する。
したがって、その運筆が一致しても、同一人の確率は50%程度であるわけだが、二種類の書き方を混同して用いる人はほとんど考えられないので、一致度50%ではあるが当てにしてよいことになる。仮に「ヨコ・ヨコ・タテ」と運筆している人がいたとしたら…そんな人はめったにいないと思うが…これは相当に稀少な運筆癖であり、もし、そのような運筆で一致していたら、同一人と断定できるくらいの鍵になる。
■アマチュアの誤解
鑑定人は、このように、鍵になる運筆や、特異な字画特徴を捉えて指摘する。そして、書くつどに変化する部分やありふれた特徴は無視することが多い。また、技術的にも一文字当たり、強い特徴5~6箇所を指摘するのが限界であり、そのためにも、ありふれた特徴は無視するのである。
アマチュアは、このような鑑定人の専門的追及が理解できないことと、前述した表面的な形にとらわれることから、「鑑定人は自分に都合のよいところだけ指摘している」などと誤解をすることが少なくない。
もっとも、鑑定人によっては、一文字に対して10箇所以上も特徴を指摘する人もいないではないが、私の見るところ、そうなると、何の変哲もない字形も指摘することになり、どこが鍵になる特徴なのか分からなくなり、むしろトータル的には真実の究明から遠ざかるように思う。
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