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筆跡鑑定人ブログ-13
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
■教習所に変な手紙が舞い込んだ
ある日、名古屋の弁護士さんから電話があった。初めての方である。少し困ったようなトーンでこう言った。「実は依頼人が誹謗文書の犯人だとされているのですが、本人は絶対に自分ではないと言い張っているのです。先生のところで見ていただけますか。もしよろしければ、本人が出向くといっているのですが」とのことである。
無駄足にならないよう初めに資料を送ってもらうことにした。送られてきた資料には、二人の鑑定人の二冊の鑑定書が入っていた。まずは、巻末につづられた資料を確かめる。誹謗文書は、コピーだが普通便箋二枚びっしりと書かれている。
内容は、「お宅の教官が不倫をしている。教習所といえども学校を名乗っているのにけしからん。娘が二人おたくに通っているが辞めさせようと思っている。猛省し善処せよ。」というもの。差出人は「二人の娘の母」としてか書いていない。内容はヒステリック気味だが、筆跡そのものは、文字を書きなれた書体で上手なほうである。
■勤めをクビになり500万の損害賠償の請求
どのような状況だったのか詳細は不明だが、結果として私の依頼人になった52歳の山岡氏が槍玉に上がってしまった。その結果、20年も精勤した職を首になっただけではなく、500万の損害賠償の責めを受けてしまったのである。
そこまでするからには、教習所側は二人の鑑定人に依頼をして「黒」という鑑定書ができていた。つまり、山岡氏がその誹謗文書の書き手だというのである。私は10分ほどで二冊の鑑定書が誤りだと分かったが、念のため二時間ほどかけてじっくりと鑑定書を読み、資料にもすべて目を通した。間違いなく、誤った鑑定書である。一冊のほうは資料も不十分で、調査文字も6文字程度、一見して雑な鑑定書である。もう一冊の鑑定書は、資料も追加されており調査した文字も14字。鑑定書としての体裁はしっかりしている。
多分、最初の鑑定書を見て、内容的に弱いと感じて、資料を追加し再度鑑定に出したものであろう。しかし、この鑑定書は鑑定態度に大きな疑問を感じさせるものであった。
■ 「校」の字のトリック
犯人とされた山岡氏の筆跡は学校の「校」の文字が、図Aのように最後の右払いが極端に長く伸びる筆跡個性である。誹謗文書の「校」の字は、図Bのように右払いは普通の長さである。ところが、鑑定書では山岡氏の筆跡のうち、たまたま普通の長さの文字を二字取り上げて比較し同一人の筆跡だと断定している。対照された山岡氏の資料は横書きの業務日誌である。拾ってみると「校」の字は18個もある。18個のうち、右払いが長くなるもの16個、普通の長さのもの2個である。鑑定書はその2字を取り上げている。この二字は行末になり、右払いを伸ばすと罫線にかかるので、日頃の筆跡個性を抑えて短く書いたものであった。
私は依頼を受けて「反論書兼鑑定書」を作成した。「校」の字については18個のすべてを取り上げ、「たまたま鑑定資料と類似する行末の2字を取り上げ、同筆とする○○鑑定書は疑問を禁じえない」と突っ込んだ。
図A
図B
■おかしな鑑定人を避ける方法
幸い、この事件は一年半後に、原告の教習所が請求を取り下げて一件落着した。こんなわけで、誤った鑑定書の罪は深いのだが、一面、鑑定人は始終、誤った鑑定書を書かせようとする誘惑とも戦っている。
私のところでは、相談される事件の約40%は、希望と異なる結論である。私はその旨を説明して辞退するのだが、「いくら費用がかかってもいいから、もっと精査してください」などと泣きつかれることもあって、厳しい倫理観を持っていないと誘惑に流されてしまう職業である。
ところで、怪しい鑑定人に引っかからない方法であるが、少なくとも、資料を提示した上で、自分の希望する方向は伏せ「所見を聞かせてください」と相談することである。所見を聞くには有料のこともあるが、誤った鑑定書を作られることに比べれば数段望ましいのである。
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