ぶるーくろすで虐待はあったのか

筆跡鑑定人ブログ-18

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

無認可介護施設で金具による拘束の疑い

2007年2月20日、新聞は、千葉県浦安市にある無認可介護施設「ぶるーくろす癒海館」で、入所者の手首をベッドに金具でくくりつけるなどしていたとして、千葉県と浦安市が立ち入り調査をしたことを報道した。
県と市では「こうした身体拘束は不適切」として、虐待の可能性もあると見て調べているとのことである。施設では「3分ほど試みたが気の毒なのですぐやめた。虐待ではない」と抗弁している。

■虐待にもつながる責任者の筆跡鑑定

この件に関し、某テレビ局から依頼をうけて、介護施設に掲示してあった書類と、施設の責任者(40代の女性)が「筆跡鑑定でも何でもしてください」と、手帳に書いた文字とを筆跡鑑定した。責任者のこの女性は、施設の経営者の娘である。
掲示されていた文面は「○○さんについて 3ヶ月は、生かしてくださいとのお達しです。よろしく!! △△」というものであり、携帯電話のカメラで撮影したものである。最後の△△は、この女性の名前である。
なぜ、鑑定の必要があるのかというと、掲示文について、この女性は書いていないと否定しているからである。もしそれが嘘であれば、「虐待はしていない」という主張も怪しいものと考えざるを得ないからである。

■ 「3ヶ月」の文字でわかること

紙面の都合で鑑定した文字の一部、「3ヶ月」という文字だけを示す。
指摘したように、3点の筆跡特徴が一致している。さらに「ケ」の字の運筆も、珍しい筆跡特徴ではないがほぼ類似している。
まず、aで指摘の「3」の文字では巻き込みが浅いという特徴がある。つぎにbで指摘の「3とケの間が広く空き、ケと月の間は狭い」という特徴がある。このようなレイアウトも筆跡鑑定上重要な鍵になる。掲示文は特徴は弱めだが、同じレイアウトであることは間違いない。これは異同識別上、かなり重要な特徴である。

最後に、cで指摘した「月の内部の横画二本を中央寄りに詰めて書く」という筆跡特徴が一致している。このbとcで指摘した部分を意識して書いている人はあまりいないので、本来の筆跡個性が露呈しているものと考えられる。仮にこの3特徴を書く人が5人に1人程度いるとして、一致の確率は1/5の3乗である。
以上だけで断定したわけではないが、同一人の筆跡と見て間違いないと断定した。これはテレビで放映されている。

認知症など、大きな社会的課題があり、介護に携わる方は大変だと思うが、このような事件にたまたまタッチして、人間としての尊厳を大切にしていただきたいと切に祈る次第である。

(19年3月)
★このブログはお役に立ちましたでしょうか。ご感想などをお聞かせいただけば幸いです。
メール:kindai@kcon-nemoto.com

話数 筆跡鑑定人ブログバックナンバー
第八十八話 遺言書の偽造あれこれ
第八十七話 筆跡鑑定における経験則とS/N比
第八十六話 筆跡鑑定の誤りは何故発生するのか
第八十五話 一澤帆布の遺言書事件の教訓
第八十四話 スペシャルポイント鑑定
第八十三話 「季節外れのカニ鑑定書」とは
第八十二話 小澤一郎夫人の離婚状
第八十一話 オウム・高橋克也と早川紀代秀の筆跡
第八十話 異なる文字による筆跡鑑定
第七十九話 舞の海は筆跡も「八艘飛び」?
第七十八話 小沢一郎も関係?藤井裕久の筆跡鑑定
第七十七話 英文署名の筆跡鑑定
第七十六話 NHKから依頼された「孫文」の筆跡鑑定
第七十六話 NHKから依頼された「孫文」の筆跡鑑定
第七十五話 「ひらがな」による筆跡鑑定
第七十四話 国民のお金を盗み取るかんぽ保険
第七十三話 浅田真央さんと安藤美姫さんの筆跡
第七十二話 狭山事件・石川一雄さんの手錠を外したい
第七十一話 警察系筆跡鑑定の問題点
第七十話 岸恵子さんと島倉千代子さんの「超越文字」
第六十九話 左手と右手で書いた文字の鑑定
第六十八話 「作為文字」の正しい鑑定とは
第六十七話 吉行淳之介と野坂昭如の筆跡
第六十六話 「不倫はやめなさい」という怪文書の鑑定
第六十五話 誤字は筆跡鑑定の宝物
第六十四話 豊臣秀吉の大きな錯覚
第六十三話 運を開く遠藤周作の筆跡
第六十二話 企業における筆跡鑑定研修の必要性
第六十一話 クレジット会社の恐るべき不誠実
第六十話 新田次郎の筆跡を見る
第五十九話 左手で書いた遺言書を右手の筆跡で証明
第五十八話 開高健の筆跡を読む
第五十七話 暴力犯の筆跡
第五十六話 松下幸之助の筆跡
第五十五話 「いい仕事をしてますね」の中島誠之助さんの筆跡
第五十四話 本田宗一郎の筆跡
第五十三話 横峯さくらさんを「勝手に筆跡診断!」
第五十二話 一澤帆布事件の真相
第五十一話 科捜研鑑定と私の鑑定の違い
第五十話 人気の「池上彰」さんを裸にする
第四十九話 ビデオ流出海保安官ってどんな人間?
第四十八話 筆跡鑑定の工夫
第四十七話 異なる文字では鑑定はできないのか
第四十六話 君が輝いていたころ
第四十五話 多くの筆跡鑑定書の問題点
第四十四話 高橋尚子さんの筆跡
第四十三話 筆跡鑑定のカギ・筆跡個性
第四十二話 私が誤った鑑定書を憎む理由
第四十一話 筆順は鑑定人の強い味方
第四十話 筆跡鑑定人の悩み
第三十九話 木嶋佳苗ってどんな人間?
第三十八話 失敗しない鑑定依頼の方法
第三十七話 ある鑑定依頼人の逆転勝訴
第三十六話 タレントさんの意外な筆跡
第三十五話 中田カウス事件の筆跡鑑定
第三十四話 筆跡鑑定と筆跡心理学の関係
第三十三話 スコトマと筆跡
第三十二話 筆跡鑑定書の信頼性
第三十一話 白洲次郎の筆跡
第三十話 一澤帆布事件では何故警察の筆跡鑑定が敗れたのか
第二十九話 日本の誇る鉄人クライマー「小西浩文」の挑戦
第二十八話 何とかならないのか、警察OBの鑑定書
第二十七話 「ためしてガッテン」に出演
第二十六話 円満紛争解決学
第二十五話 石川遼君の筆跡
第二十四話 岡田監督の筆跡
第二十三話 三浦和義の筆跡
第二十二話 芸能人の筆跡あれこれ
第二十一話 コンピュータの鑑定は人間より信頼できるか
第二十話 堀江貴文・佐野厄除け大師の怪
第十九話 トイレ万札事件の主人公は?
第十八話 ぶるーくろすで虐待はあったのか
第十七話 誤字はダイヤモンド
第十六話 イジメと切れやすい子供の筆跡
第十五話 塩尻市男女変死事件
第十四話 文部科学省への自殺予告文
第十三話 冤罪を晴らす
第十二話 ドメスティック・バイオレンス
第十一話 畠山鈴香と酒鬼薔薇聖斗の筆跡
第十話 プロの目・アマの目
第九話 狙われた宮司の財産
第八話 遺言書偽造事件
第七話 鑑定における統計的なアプローチについて
第六話 1ヵ月に2回離婚した夫婦
第五話 他人が手を添えた署名は有効か
第四話 営業マンの犯罪
第三話 間違いのない鑑定依頼の方法
第二話 変体少女文字の怪文書
第一話 ちょっとした工夫で納得性を高める