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筆跡鑑定人ブログ-19
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
■全国49箇所にざっと450万円のプレゼント
平成19年7月10日、まずフジテレビから電話があった。例のトイレに一万円が置いてあった事件の手紙を分析してくれということである。この時点では事件は秋田と埼玉の二箇所だけだった。承知して同日の午後、取材を受けている間にも、テレビ朝日、日本テレビなどつぎつぎと同じテーマの取材依頼があり、結局、二日にわたって延べ6回の取材をうける破目になった。
また、同様の事件が18都道府県で49箇所、金額にして450万にもなることがわかった。人騒がせともいえるが、善意の行動のようでもあり、テレビでのコメンテーターの反応も「殺伐とした世の中を世直ししたいのでは?」、「贖罪の気持ちがあるのでは?」など、実に様々な憶測が飛びかってなかなか面白かった。
手紙には「本日御来場の貴殿へ」という縦書き8行の手紙が添えられているが、それがコピーではなく全て毛筆で手書きである。同じ文面を450枚も書いたことになり、日本全国に配って歩いた行動とともにそのエネルギーに驚かされた。分析したのはその手紙だが「同一人の筆跡か」ということと「どんな人物なのか」ということである。
■プロとしてすべて「同一人」の筆跡と判定
まずは、各地で見つかった手紙が同一人の筆跡か否かということである。文面は全く同じで一見して同一人と見えるが、プロの鑑定人としては、明確な裏づけを発見しなければならない。
差出人不明の文書は、最初にその筆跡に作為の形跡があるかないかを調べることになるが、点検すると、第一に「貴殿」の殿の字の左払いが長いことが目に付く。そこでこれが、作為文字なのか本来の筆跡個性なのかどうかを調べる。
文中を見ていくと、「遺産」「行為」「罪障」などの文字の左払いが長い。それがごく自然で複数の手紙も同じ運筆であるので、作為はないようである。
さらに、「罪」の文字の下部二本の縦画の間隔が相当に広い。これだけ広く書くのは20人に1人もいないだろう。20人に1人以下の筆跡を「稀少筆跡個性」というがそれに該当する。
先の左払いも「行為」などの長さを見ると、これも20人に1人もいないと思われる。ということは、この2ヵ所だけでも、20人に1人は5%なので、「0,05×0,05=0,0025」となり、1000人中25人しか該当しない計算になる。これ以外の筆跡特徴も含めて「同一人である」と断定した。
■才気煥発で変化を好み目立ちたがり屋の老人?
つぎは、この書き手の人物像である。最初の長い左払いは筆跡心理学からは「華やか好みで目立ちたがりの傾向がある」と解釈される。この書き方の人には、女子マラソンのQちゃんこと高橋尚子さんや、巨人軍の長嶋元監督などがいる。
少し古くなるが、シドニーオリンピックの前に新聞社の求めでQちゃんの筆跡を診断した。私は「この方は目立ちたがりの傾向があるから、大舞台ほどハッスルするでしょう。有望です」といったが、優勝したことはご存知のとおりである。長嶋元監督も天覧試合でホームランを打つなど、失礼ながら、目立ちたがりの面目躍如といったところだ。
つぎに、「本日」の文字を見ると文字の大小の変化が激しい。つまり「大字小字混合」である。これは、行動傾向として「変化を好みまた変化対応力がある」ということであり優秀な人物といえる。
さらに、「報謝」の文字では「横線が左に突出」する。かの聖徳太子もこのタイプの字を書き、これは「才気煥発傾向」を表している。
このように見てくると、「才気と変化対応力があり、目立ちたがりで情緒性も高い」という人物像が浮かびあがってくる。さらに、「貴殿」「積善の徳」「罪障」などの言葉と、達筆でかつ個性的な書体、450枚も同一の文章を書いていることからすると、「写経」の経験もあるのかも知れない。色々総合すると、年代は60~70代のように思える。
日本中に話題を提供したこの人物はたしてどんな人物なのか……。現れたら、私の診断と比べてみたいものである。
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