-
筆跡鑑定人ブログ-21
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
コンピュータによる筆跡鑑定は有効か
毎日のように筆跡鑑定の相談を受けているが、「コンピュータによる鑑定は、今までの人間による方法よりも信頼性が高いのですか」との質問を受けることがある。
コンピュータによる鑑定といってもいくつかの方式があるが、最も信頼されている方法は、縦横マトリックスに線を細かく刻み、そのX軸・Y軸のどの位置に字形が合致するのかを調べる方法である。ただし、この方式では、「標準値から外れた異常な字形」などが混じると混乱するので、そのような文字は鑑定対象から外したり、一文字ではなく数個の文字を使い、「多変量解析法」理論を使ったりして、誤差を防ごうとするらしい。
■ある工学博士の誤まった鑑定書
私も、ある工学博士の鑑定書を見る機会があったが、結論からいえば誤っていた。その原因だが二つ考えられる。
第一に「どの程度の文字を、標準値から外れた異常な字形と見るかについては、所詮、人間の感覚に委ねられている」ということだ。この見方のシビアさ(厳格度)によって、結論は左右されることになる。
あんまりシビアにすれば、書くつどに変化する「個人内変動(同一人が同じ文字を書いたときの変化)」を組み込めないことになる。個人内変動を組み込まなければ、その書き手の「筆跡個性」の把握は不十分なものになる。逆に厳格度を緩めれば、別人の筆跡を同一人の筆跡としてしまう恐れがある。
このような前提を考えれば、コンピュータ鑑定といえども、所詮は人間の観察力に依存していることに変わりがなく、鑑定品質は鑑定人の技量に委ねられていることに変わりはない。
■巧妙な偽造文字にコンピュータは騙される
第二に、偽造した文字に対しては、コンピュータは、簡単に騙されてしまうことだ。
コンピュータによる分析は、基本的に字形の判断である。偽造では、字形を模倣するのは当然だから、字形を追いかけるコンピュータは騙されてしまうということになる。
ある鑑定事務所……そこでは配下の何人かの鑑定人に仕事を振る……は、偽造を証
明した私の鑑定に対して、コンピュータ・鑑定人を起用して反論してきたことがある。これは、
表面的な字形が同じならコンピュータは騙されてしまうことを逆手に取った、なかなか知能犯的な作戦といえる。
筆跡鑑定には、つぎの三つのプロセスに分けられる。
第1は「固有筆跡個性の把握」である。
第2は「その筆跡個性の対照筆跡との比較」である。
第3には「比較した筆跡個性の異同判断」である。
以上のプロセスのうち、第1の「固有筆跡個性の把握」が最も難しい。
■本当の筆跡鑑定とは
筆跡鑑定で最も重要なことは、書き手の個性を理解することだ。筆跡鑑定は書き手を識別することが目的だから、個性ある人間の、文字に表れた「固有の筆跡個性」を把握することが急所でありそれが最も難しい。
さらに、その「筆跡個性」は、前述のように、偽造などの作為文字では巧妙に隠されている。鑑定人はそれを見抜けるか否かが問われている。この微妙な感性を求められる筆跡鑑定において、コンピュータはまだまだ人間にはかなわない。工学博士の鑑定もその壁を敗れなかったようだ。
私事だが、私は「筆跡心理学」を鑑定の基礎知見の一つとして活用している。筆跡心理学は、人間の個性を追及する学問なので、筆跡鑑定の本道ともいえる分野である。
★このブログはお役に立ちましたでしょうか。ご感想などをお聞かせいただけば幸いです。
メール:kindai@kcon-nemoto.com