日本の誇る鉄人クライマー「小西浩文」の挑戦

筆跡鑑定人ブログ-29

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

8000m14座無酸素登頂 を目指す

小西浩文さんは、わが国最強のスーパー・クライマーである。世界には8000メートルを越す峰が14峰あるが、小西さんは、このうち6峰の無酸素登頂に成功している。これは日本人として最多記録である。
ノンフィクション作家・長尾三郎は、『無酸素登頂8000m14座への挑戦』(講談社)のなかでつぎのように記している。

「植村直己を嚆矢とする『五大陸最高峰登頂』記録は、現在では南極、豪州を含めた『七大陸最高峰登頂』が目安になったが、小西浩文の“弟”分的関係にある野口健が1991年5月に25歳で最年少記録を達成したが、2000年5月には23歳の早大生、石川直樹が塗りかえ、2002年5月には同じ23歳の東大生、山田淳がまた2ヶ月早く更新するといった具合である。

植村直己の後輩、明大山岳部OBが企画した『学生、OBによる8000メートル峰全14座制覇』は、最後のアンナプルナⅠ峰のみとなり、これも完登するだろう。
しかし、これらはいずれも「有酸素」による登山で、小西浩文がこだわる『無酸素』登頂とは本質的に異なる。小西は『七大陸最高峰登頂』などは眼中にない。彼の目標は、ただひたすらに8000メートル峰全14座「無酸素登頂完登」に向けられている」

■「死のにおい」のする天上の世界

8000メートルの世界は、「デス・ゾーン」とも呼ばれ、「死のにおい」がするといわれる地帯だ。酸素が平地の3分の1に減り、酸素不足は、視力減退、思考力低下、脳機能障害などをもたらし、それは死に直結している。それだけではない。雪崩や烈風による転落死、凍傷など、一瞬の気の緩みが死に直結する世界である。

一流の登山家でも、6000メートル以上の峰に登った場合の死亡率は3パーセントと言われている。つまり、雪崩、転落、高山病……原因は何であれ、100人が登ればそのうち3人は死ぬという確率である。

事実、小西さんも、今までに多くの仲間……それはすべて卓越した登山家であったが……を失っている。小西さんは、天候不良などによる登頂断念を含めると、7000メートル以上の地帯には、少なくとも10回以上登っている。確率からすれば30パーセント以上の死亡率になる。しかも無酸素だから、3パーセントの確率などでは済まないはずである。今まで、無事に帰還できてきたことは奇跡的ともいえるのである。

「ヒマラヤ登山は技術・体力・精神力が抜群であっても、それだけではダメなんです。まず、運、それに山が訴えかける何かを感じ取る力、直観力とでもいうのでしょうか。……山で死なないためには、自分と山の微妙なズレを感じ取る力が必要なんです」と小西さんはいう。

それだけの危険を冒して何故8000峰の無酸素登頂にこだわるのか……。
それは、たとえれば、ジャック・マイヨールが深海に素潜りで潜ることと共通のものであるらしい。地球の最高峰へ無酸素で登りたいというのは、自分の肉体と精神だけでどこまで通用するのか確かめてみたい。そして、極限の世界、神が住むといわれる、厳しい天上の世界と共存共栄をしてみたいという気持ちのようだ。

■たぐいまれな挑戦心と強い意志を物語る筆跡

究極のチャレンジャー・小西浩文さんの筆跡はどのようなものか、はたして、私の診断能力で読み解けるものなのかどうか、以下、診断してみたい。

まず、目につくのは「天」や「文」に見られる長い右払いである。また、「を」の文字では、「大弧型」といってよい巻上げがある。これは、並外れた執着心と粘りを示している。一旦、こうと目標を定めたら達成するまで絶対に諦めない強い心と情熱である。そして、大弧型は、その心理エネルギーが並のレベルではないことを示している。

20歳で「世界8000メートル14峰への全座無酸素登頂」という目標を誓い、46歳の今でも挑戦し続けている小西浩文さんの原点がここにあると納得させられる。

つぎに、これらの右払いは柔らかく曲線を描くのに対して、「西」や「目」の転折部を見ると角張っている。角張る行動傾向はルールを大事にし、ルーズな行動は取れない潔癖さを表している。しかし、一方、柔らかな曲線は情熱や豊かな感性を示している。つまり、この二つこそが、危険な登山への万全の心構えと、「山の語りかけ」を聞き取る感性に繋がっているものと思われる。

文字がすべて角張っていては、生真面目かも知れないが、危険を察知して下山する勇気や柔軟性は生まれないだろう。柔軟性といったが、動物が持っている本能的な一種のユルミ、いい加減さともいえる。

小西さんは今年(09年)3月に、マナスル登頂を目指している。また、マナスルを含めて目標としている峰は8座残っている。年齢を考えると遅いとはいえないが早いともいえない。それがプレッシャーとなって無理をすることが恐い。
山と共存しようとする人間は、絶対に無事であってほしいと願うが、それには、このユルミを忘れてほしくはない。

「小」の字の左払いがバランスを崩して長く突出する。必要もないのに、バランスを崩してまで突出させたい深層心理があるわけだ。これは、目立ちたい、注目を浴びたいという自己顕示心がなせる技といえる。巨人軍の長嶋元監督、女子マラソンの髙橋尚子、スキーヤー三浦雄一郎などが同じ書き方である。自己顕示というと日本人には好まない向きもあるかも知れないが、この気持ちがあるから大舞台で萎縮したりせず実力を発揮できるのである。

最後に、「浩」の偏と旁の間が極めて狭く書かれる。これは、自分の考え方ややり方を大事にして、人の意見で方向転換するようなことはしない人物であることを示している。「頑固職人型」ともいえるが「名人芸型」ともいえる。名人といわれるような境地に立つには、人の意見でころころ変っていてはとうてい到達できないのである。
このように見てくると、まさに「書は人なり」「人は書なり」で、小西浩文さんの生き様がピッタリと筆跡に表れている。

● 小西浩文さんは、オリンピックのゴールドメダリストにも比する日本人の 誇りです。ぜひ、日本人初の「世界8000メートル14峰への全座無酸素登頂」を実現して頂きたいものです。小西浩文さんのホームページ、http://www.musanso.com/ をご覧ください。(09-1-22記す)
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