筆跡鑑定と筆跡心理学の関係

筆跡鑑定人ブログ-34

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

筆跡鑑定を業務とした経緯

私は、筆跡心理学を研究しそれを筆跡鑑定に応用している。その立場について、対立する鑑定人などから誤解され攻撃を受けることがある。

それは、私が筆跡心理学を膾炙したいと考えて、たまたまテレビのバライティ番組で、書き手を「生真面目なタイプ」とか「融通性のあるタイプ」などと、多少、面白く解説していることをとらえて、お遊びのように誤解したり、あるいは誤解したフリをして攻撃することである。

そこで、ここでは、筆跡鑑定について誰に依頼すればよいかと思案していたり、私という鑑定人についてよく知りたい等という読者のために、そのあたりについて少し説明させていただこうと思う。

筆跡心理学は、欧米では学問の一つとして認められ、大きな大学には専門の学部もある。わが国でも、たとえば慶応義塾大学名誉教授の槇田仁先生は「筆跡性格学」と、名前こそ違え、ほぼ同じ分野を長年研究されている。要は保守的なわが国の教育界では、簡単に認められないというだけのことである。

私は経済産業大臣に登録した「中小企業診断士」であり、経営コンサルタントである。キャリアはざっと30年で、商業分野のコンサルタントとして多少は業界では知られている。『商業界』という商業専門誌があるが、そこで、たびたび特集の主筆を務めていたと申し上げれば業界の人にはご理解いただけるかもしれない。

それが何故、筆跡を専門とするようになったかということであるが、コンサルタントとして、採用や昇進などの人事面で、使いやすい人物判別法はないものかと探していた時期があった。質問法によるアメリカ方式も使ったことがあるが、これらは手間ヒマがかかり中小企業や中堅企業には使いにくいものが多い。

そんな折に筆跡心理学に接し、簡便な割には効果が高いとほれ込んだのである。その後、企業での怪文書や不正問題解決などにも対応しなければならないことがあったので、自然に筆跡鑑定の分野に進んだ。

最初に筆跡心理学を学んだ。筆跡鑑定については、その後、書道家の某先生から直接教授していただくなどして、徐々にものにしていったのである。現在、私は、筆跡心理学の研究家としては20年、筆跡鑑定人としてのキャリアは約10年である。

私としては、筆跡鑑定は技術的に自信があり、誰にも負けないと思えることと、また依頼者から喜んでいただけることが嬉しく最大限の力を入れている。従いコンサルタント業務は徐々に縮小している。そして、鑑定人としてはもっと著名になりたいと意欲を燃やしている。なぜなら、著名になり、裁判官に対する正当な影響力を強めることで、さらに依頼者に役立ちたいからである。

■筆跡鑑定人の分類

筆跡鑑定人は、国家資格でないので玉石混交だといわれるが、業界では概ねつぎのように3通りに理解されている。

① 警察OBの鑑定人
② 研究者型鑑定人
③ その他の鑑定人

警察OBの鑑定人は、警視庁に所属する「科学警察研究所(科警研)」出身のOBと県警に所属する「科学捜査研究所(科捜研)」出身のOBがいる。②の研究者型鑑定人とは、大学や筆跡の研究所などの専門機関で学んだ者である。③その他の鑑定人とは、特別な専門教育は受けてなく調査業や各種の職業からの転身組ということになる。

私は大学ではないが筆跡の専門研究所で長年学んだので、「研究者型鑑定人」だと自認している。また、私の日本筆跡心理学協会で、筆跡鑑定を学んでいる者が数名いるが、彼らも体系的・科学的な学習を積んでいくので「研究者型鑑定人」と称してよいと思っている。

■筆跡心理学は世界的には学問として認められている

筆跡心理学とは、世界的には「グラフォロジー(Grapholgy)」と呼称され、「グラフィツック=図形」と「サイコロジー=心理学」の合成語である。和訳は「筆跡心理学」となる。

この筆跡心理学は、欧米では学問の一つとして認められている。フランス、イタリー、ドイツ、ベルギーなどヨーロッパでは120年以上の歴史があり、特にフランスでは、「筆跡診断士」は、弁護士などと並ぶレベルの高い国家資格になっていて、企業の約80%が何らかの形で人事に利用しているといわれている。

グラフォロジーは、つぎのように多岐にわたっている

① 性格学的グラフォロジー……筆跡と性格の関係を研究

② 類型論的グラフォロジー……心理学の類型論の角度からの研究

③ 司法的グラフォロジー……筆跡鑑定など司法分野

④ 生理学的グラフォロジー……脳と手の動きなどの関係を研究

⑤ 医学的グラフォロジー……神経症や精神病との関係を研究

日本の現状は、殆ど「性格学的グラフォロジー」に限定されており、意識して「司法的グラフォロジー」に取り組んでいるのは私だけのようである。ただし、このような分野は、保守的な司法に理解されるのはまだ先のことだと理解している。したがって、依頼者の足を引っ張るようなことになってはまずいので、鑑定書に記載することはしていない。現在は筆者識別の段階で活用しているだけである。

■筆跡心理学は筆跡鑑定の中心知識である

筆跡心理学の中心である「性格学的グラフォロジー」は、人間の筆跡に表れた性格や深層心理を追及するもので、筆跡鑑定とは目的を異にすることは言うまでもない。

また、筆跡とは、筆跡心理学で追及している心理的要因のほか、身体的要因(腕の器用さや筋力など)、社会的要因(社会的な立場や役割など)、一般教養、さらに訓練的要因(書道などの訓練)などの影響を受ける総合的なものといえる。

しかし筆跡鑑定の基礎になる「筆跡個性」の理解に当っては、筆跡心理学は重要な位置を占めており、筆跡心理学の知見は筆跡鑑定においては中心的知識なのである

なぜなら「筆跡とは、人の行動が痕跡として残されたもの」だから、その行動の元になっている人の心理や個性の理解がなければ、本質的な筆跡鑑定は不可能なのである。整理していえばつぎのようになる。

①個性とは、その人の性格や性質であるが、筆跡は「字を書くという行動の結果」であるから同じく性格や性質が表れる。それを筆跡個性と呼び、筆跡個性の異同を調べることが筆跡鑑定である。

②筆跡個性とは、文字に表れたその人の性格である。したがって、性格と筆跡の関係を理解しなければ、真の筆跡個性を理解することは難しい。

③性格と筆跡の関係を追及する学問が「筆跡心理学」であるから、これを無視しては高度な筆跡鑑定は困難になるのである。

私は以上のように、筆跡心理学を重視しているので、わが国の筆跡鑑定のレベルを上げるべく、昨年、警察関係の研究機関に共同研究を提案したが、積極的な反応は得られなかった。そこで、私としては、このテーマは民間レベルでさらに研究してわが国の筆跡鑑定のレベルをあげようと考えている。それによって不幸な係争人を減らしたいのである。そのために鑑定人養成にも乗り出している。

■ ある依頼者の筆跡鑑定についての評価

一澤帆布以来、警察系の鑑定が批判されているが、警察系の鑑定人は上記の「筆跡に表れた個性の識別」の理解が不十分だと思われる。警察系の鑑定の最大の問題は、技術面からいえば「個性」というものの理解が不足しているか、表面的な理解しかしていないことである。

「筆跡鑑定」に当って最も重要な部分は、「筆跡に表れた書き手の個性を理解・把握すること」であるが、それを研究するのが「性格学的グラフォロジー」である。したがって、筆跡心理学の素養は、筆跡鑑定の最も核心の部分を強化するものということができる。

言い換えれば、「人の筆跡は、人間の心理・性格などの個性を深く理解することによって、より深く正確に把握することができる」というのが私の学問的な立場である。

このような側面は、現在のわが国の筆跡鑑定で重要性は認識されながらも、研究は不十分で、わが国筆跡鑑定の弱点のように思われるので、私は、斯界の発展に寄与すべく鋭意研究を重ねている次第である。

このことに関連して、最近行ったある鑑定に関して依頼人がコメントを寄せてくれたので紹介したい。この依頼人は熟年の男性である。母の遺言書を巡って兄と争いになり、一審では兄の依頼したA鑑定人……関西での代表的な鑑定人である……の出した「遺言書の筆跡は別人である」との鑑定が裁判所に支持され敗訴した方である。

依頼人は、遺言書の筆跡は母親の筆跡としてあまりに明々白々だと思ったので鑑定書は出さなかったのである。このようなケースで敗訴する例は少なくない。彼は、不本意な結果に驚き、あわててB鑑定人に鑑定を依頼した。結果はA鑑定人とは逆で「本人の筆跡である」というものであった。

とりあえず、これで控訴審を戦えばよいとも思えるが、彼は更に確実を期して私に鑑定を依頼してきたのである。一審での裁判官の偏った判決から、よほど体制を整えておかないと危険だと痛感したためである。

鑑定を頼みたいと思っている方には、3人の鑑定人の鑑定書をつぶさに見ることになったこの方の経験は貴重なはずである。その意味で、鑑定を考えている人には参考になるものと思う。

以下は、その方の手記である。なお、わかりやすくするため、途中に私が「文字の図解説明」を添付した。鑑定した25字中の1字である。

■ 3人の鑑定人の鑑定書を体験した依頼人のコメント

私は平成20年、母親の遺言書について、本人の筆跡か否かを裁判で長男と争いました。地裁は本人の筆跡とする私の主張を退け、私は敗訴しました。

判決は、兄の依頼したA鑑定人(科捜研OB)の経歴や鑑定件数(40年間に5000件以上)を示し、「A鑑定人に一応の合理性が認められ、遺言書は自筆のものとするには合理的な疑いが残る」として「遺言書は自筆のものとは認められない」と結論づけました。私は、鑑定の中身よりも経歴を重視した判断だと痛感しています。

A鑑定人は18文字で38の相違点を指摘しました。私はA鑑定人の相違点の根拠に疑問を持ち、正当な鑑定を求めて求めてB鑑定人に鑑定を依頼しました。B鑑定人は、A鑑定人の近くのビルに事務所を構えています。

結論はA鑑定人とは反対の結果で、遺言書は本人の筆跡で有効というものでした。私は鑑定人によってこのように結論が異なるのは何故だろうかという強い疑問を持ちました。B鑑定人は、鑑定で20文字を取り上げ、A鑑定人とは異なる対照資料や文字も追加していました。

私は、何回も何回も二つの鑑定書を読み比べました。その結果、「野」と「東」の2文字にヒントがあるのではないかと思い至りました。A鑑定人は「筆順」の検査をせずに判断したのではないかという疑問にたどりついたのです。素人の私が、40年間、5000件以上の鑑定に携わったA鑑定人が、やってはならない筆順の無視をしたのではないかと気が付いたのです。

ちょうど同じ遺言書問題で逆転判決した「一澤帆布」の裁判にも同様の例があるかもしれないと考え、一澤信三郎帆布に電話をしました。一澤信三郎氏は気持ちよく、東京新聞の記事を参考にと送ってくれました。

記事の内容は、鑑定で取り上げられた「下」「喜」「布」3字の鑑定の差でした。以下のグリーンの文字の部分はは東京新聞の記事です。

一澤帆布の裁判では、魚住教授が元科捜研出身者の鑑定のことごとくに疑義を挟みました。「下」の字では「第二画と第三画が離れるというんですね。くっついてるじゃないでいか。離す場合もある。それは共通といえないじゃないですか」「こういうものの集積ですよ、共通といっても」「不思議でならないですよ」
「喜」の上は「土」と「士」に、「布」の第一画は「ノ」と「一」にと、文字の形と筆順に差がありました。判決は、共通点や類似点が多く存在したからといって直ちに真筆とは認められないこと、また類似の文字の基準が明確でないことと、文字の選択が恣意的であると述べ「科学性」で魚住教授の認定を認めたものです。

一澤帆布裁判は、33文字で29文字共通という鑑定書では社会的な信頼を得られる筆者識別の内容ではないとして、逆転判決となったのです。この判決では、鑑定人の経歴で判断することはしていません。私は、正当な鑑定とは、多くの人が理解できる鑑定でなければならないことがわかりました。

鑑定ではA鑑定人とB鑑定人では反対の結果ですから、私としては二審に向けていま一つ確実にしておきたいという気持ちがあり、良い鑑定人を探しました。ところが、なかなか良い鑑定人が見つからず、ようやく根本鑑定人を探り当てて電話をしました。電話からは状況を見通した非常に的確な回答があり、この人なら間違いないだろうと直感してお願いすることにしたのです。

送られてきた鑑定書を見て納得しました。鑑定方法が「基本とする文字」(書道手本)と比較しての筆跡の特徴、個性を指摘し、そして異同判定を進めるというものでした。

読む人の立場で、誰もがわかるように書かれてありました。「わかりやすさ」と「なるほど」という納得感です。そして、「東」「阪」「住」「市」「針」の文字について、「ときどき、縦画の終筆部を普通とは逆に右にハネるように書くこと」を指摘して、「気分が不安定になったときに、このような錯覚に陥る癖があるようだ」と説明されていました。

★この文字について、私(根本)が、参考まで図を追加します

「気分が不安定になったときに、このような錯覚に陥る癖があるようだ」という根本鑑定人の指摘は、身近に暮らしていた者から見て極めて的確です。その証拠に本人が肉声で同じことを言っているテープが残っています。また、亡くなる半年前に書いた「養子縁組届」の文字にも、このような誤字的なハネがありました。

このような心理面の筆跡への影響について、対照資料の銀行の簡易保護箱の引渡依頼書に書いた「震えの強い丸印」を引用し、「連合いを亡くして相当に気落ちしていたことがわかる」と掘り下げて説明していることに感銘を受けました。

筆跡鑑定は、表面的な字形の異同だけではなく、このように書き手の人間性や心理状態まで掘り下げて検討する深いものだと納得しました。これから二審が始まりますが、根本鑑定人とB鑑定人の鑑定書を手元において、相手の鑑定書に対処したいと思っています。
(以上、依頼人の手記)

■ 筆跡とは人の面貌のように判別が可能

この依頼人のコメントについて若干補足させていただきたい。たとえば、「針」の図に関して、「終筆部を右にハネるように書くこと」が、全ての文字にではなく、「おおよそ半分程度の文字に表れること」を、鑑定人としてどのように処理するのかという問題である。

たとえば「一澤帆布」の警察系の鑑定では、「下」という文字に関して、「第3画が離れる」から同筆とした。それは、多数ある文字の中から、「離れる」文字だけを取り出したのである。実際は、取り出さなかった約半数は、同じ箇所が「くっついている」のである。

これを魚住教授は「判決は、類似文字を目的のために集めたに過ぎないと、はっきり断定しています」とコメントしている。私も警察系の鑑定に同じ感想を持つことが多い。警察系の鑑定には、検体の取り上げ方からして科学的な態度が欠けていることが多いのである。

私はこの「針」の文字は、資料にある全てを取り上げている。また、この例に限らず、同じ文字は全部取り上げることを原則にしている。文字数があまりに多くて且つ字形に差異がない場合は、その旨を説明して、一定数を公平に取り上げる。鑑定というからには、まずは検体の取り扱いに関して科学的で公平でなければならないからである。

つぎに、「針」字のように、ある筆跡特徴が表れたり表れなかったりとバラツキがある場合の説明をどうするのか、という問題である。私から見れば「人の行動は常に合理的というものではない」から、このようなバラツキが出るのは普通のことだと受け止めている。

しかし、裁判官は頭脳明晰な合理人であるためか、このようなバラツキを受け入れにくい人がいるようである。そして、人は疑問があるとその意見を採用しない傾向があるから、このようなバラツキを疑念として残さずに納得していただくことが重要になる。

「針」の字のこのケースでは、「針」の字の前に、露払いとして、「人は常に合理的に行動するとは限らないこと」、また、「この書き手は、連合いを亡くして精神的に相当混乱していること」を説明しておいた。バラツキが普通であることを理解していただくための準備である。

最後に、依頼人に「表面的な字形の異同だけではなく、このように書き手の人間性や心理状態まで掘り下げて検討する深いものだと納得しました」と受け止めていただいたが、本来、筆跡鑑定とは「個性の発見と比較」だから、この程度の掘り下げは当然のことである。要は真実をしっかり見定めようとの職業的責任感があるかないかである。

警察系の多くの鑑定にそのような掘り下げがないことが多いので、裁判官も「筆跡鑑定とはその程度のもの」という誤解に陥っているように思える。

本来筆跡とは、「人の面貌」のようなもので、1億2千万人いれば、1億2千万の筆跡があり、必ず鑑定できるといってよいものなのである。もちろん、双子のようにそっくりの人がいるように、筆跡にもその可能性はあるが……。

私は、ぜひ、裁判官にも優良・適切な鑑定書を見ていただき、筆跡鑑定についての正当な認識を持って頂き、正当な評価をして頂きたい思っている。そのためには、手の切れるような鑑定書を裁判所に提出するという決意で当たっている。
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メール:kindai@kcon-nemoto.com

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