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筆跡鑑定人ブログ-37
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
相手の出した鑑定書でビックリの一審敗訴
先日、嬉しい電話が入った。ほぼ一年前に鑑定書を書いた大阪の依頼人(Aさん)がめでたく逆転勝訴をしたとの通知だった。 Aさんは、最初のちょっとした不手際から、その後大変な苦労をしてしまった。筆跡鑑定を考えている方には、参考になる点が多いのですこし説明したい。
Aさんのことはこのブログの34話に少し書いている。母親の残した遺言書を巡って兄弟で争うことになったケースである。京都の一澤帆布事件に酷似している。
母親の遺言書であることは、状況からあまりに分かりきったことだった ので、Aさんは一審では筆跡鑑定をしなかったのである。
しかし、相手は筆跡鑑定書を裁判所に提出し、それが裁判所で認められ 敗訴してしまった。このようなことは時々発生する。Aさんのような人は、裁判所は正義や真実を追及してくれるところだと思い込んでいる。それが誤りのもとなのである。
刑事事件と異なり、民事裁判では裁判所は効率的に紛争を解決すればよいので、受身的に対応するのであって、積極的に正義や真実を追及してくれるわけではない。
■ 民事裁判では何を主張するにせよ証拠が必要
裁判所は双方の言い分を聞き、証拠調べをして判断をするのであるが、 このとき、何を主張するにせよ、主張だけで証拠を示さなければ裁判官に納得してもらうことは困難になる。
筆跡鑑定書も証拠の一つだから、一般的には、先手を打って提出した方が裁判官の心証形成に取って有利であるといえる。
このとき、原告・被告の双方が筆跡鑑定が必要だと合意し、裁判官の指導により裁判所の鑑定人リストから鑑定人を選ぶ方法がある。裁判官としては正当な訴訟指揮である。
これは一応公平な方法といえる。しかし、私の経験から見ると、この方式も必ずしも安心できない。
その鑑定人リストに載っている鑑定人の能力が低く、誤りになることも少なくないからである。そのために不本意な敗訴となって、慌てて私のところにおいでになる方も少なくないからである。
このような場合は、原告・被告に弁護士さんがついていることが多いか ら、どのような方法で進めるかは、弁護士さんと依頼人が相談して決めることで、私が脇からごちゃごちゃ言う訳にはいかないのである。
Aさんのそのあたりの状況は聞いていないが、いずれにせよ、Aさんは鑑定書を出さず、相手側が出して敗訴したという状況であった。今回は逆転勝訴になったからよかったものの、一般に判決が逆転されることは多いとはいえない。だから初戦の作戦が重要なのである。
筆跡鑑定書イメージ
■ 敗訴してからのAさんの頑張り
一審の相手側の鑑定人は、著名な大阪のO鑑定人である。Aさんは、思いがけない敗訴に驚いて、O鑑定人の作成した鑑定書と判決文を何度となく精読したそうだ。結果、Aさんは「鑑定書は一方的な内容だが、判決ではO鑑定人の経歴ばかり重視して判断していると思った」と語っている。
Aさんは、控訴審に向けて同じ大阪のM鑑定人に鑑定を依頼した。結果はO鑑定人とは逆でAさんに有利な結論であった。その鑑定書で控訴審を闘えばよいと思うが、一審の思いがけない結果からAさんは用心深くなり、更に私に鑑定を依頼してきた。私は、厳しい状況を考慮し、常にも増して詳細な鑑定書を作成した。
さて、控訴審が始まって、Aさんと相手は、改めて裁判所の委嘱する鑑定人に依頼することに合意した。4人目の鑑定人の登場である。このときは、AさんはO鑑定人の教訓から、私にアドバイスを求めてきた。誰を指名すればよいだろうかということである。私は、鑑定界の第一人者の一人、東京のY鑑定人を推薦した。もちろん、私とY鑑定人とのつながりなどは全くない。Y鑑定人の鑑定結果は、慎重な言い回しではあったが、私とM鑑定人の結論と同じであった。
ここまでやれば一件落着のはずであるが、相手側は、更に最後に大阪のS鑑定人に依頼して鑑定書を提出してきた。結論は、O鑑定人と同じくAさんに不利な内容であった。
■ Aさんは鑑定人の評論家になれる
以上のような顛末で、Aさんは、O鑑定人、M鑑定人、私、Y鑑定人、S鑑定人と5人の鑑定書を見ることになった。いずれも著名な鑑定人である。これは中々稀有な経験といえる。Aさんは、「世間の評判とは別に鑑定人の実力がよくわかった」と述べている。
ようやく正しい判決を受けホッとできたのでよかったが、しかし、ここまで来るには精神的な苦労も大きかったが、費用面も馬鹿にならない。
Aさんが私に払った金額だけでも、鑑定費用とO鑑定書への「意見書」を合わせると、ボリュームがあるので120万円ほどになる。その外、M鑑定人への費用、裁判所で委嘱したY鑑定人への費用……これは相手との折半であるが、何やかやで筆跡鑑定費用だけでも200万に近い金額になった筈である。
最初にO鑑定人が、正しい鑑定書を作成していれば、このような余分なお金は掛けなくとも良かったことになる。鑑定人の責任と一審の裁判官の責任を痛感させられるところである。
(Aさんに相談したい方は私にご連絡ください。090-8642-5979まで)
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