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筆跡鑑定人ブログ-6
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
ある事業主からの依頼
都内の30代の経営者・井上さん(男性)から資料が送られてきた。資料は離婚届けが2通と婚姻届が1通である。いずれも届出済みで役所の受理印が押されている。夫婦ともに同じ人間である。何と1ヶ月の間に離婚・結婚・離婚が行われている。
つまり、最初に離婚届けが受理され、12日ほど後に復縁になる結婚届けが受理され、さらに15日ほど後にまた離婚届けが受理されている。
「????……何だこれは!」
添えられた手紙によると、最後の離婚届だけが本物で、あとの2通は妻の偽造である、それを鑑定で証明してもらいたいとある。また、現在係争中で、妻は弁護士を頼んでいるが、自分は弁護士は頼まずに自分で対応しているとだけ書いてある。
■二重の謎に悩む
ともあれ、早速資料を点検した。なるほど、依頼者のいうとおり、最後に提出された離婚届は夫婦の署名も正しいし、裏面の保証人欄………ここには依頼人の両親が署名しているがそれも間違いない。確かにこれは正規のものであろう。
それに対して最初の離婚届けは、妻の署名だけが本物で他の署名は明らかに偽造である。しかし、二回目に提出された婚姻届は夫の署名は偽造であるが、保証人欄の両親の署名はどうも偽造には見えない。こんなにうまく偽造できるとは考えられない。しばらく悩んだが、見れば見るほど老夫婦の署名に間違いない。
仕方がないので、依頼人へ電話をした。「婚姻届のお父さんとお母さんの署名は本物の様子ですが………」
「ああ、お話しないでいて済みません。両親はワイフに口説かれて署名したそうです」
奥さんは義父母にこういったそうだ。「離婚は承知したが、国にいる年老いた両親に心配かけたくない。そこで事業の借金の関係で偽装離婚をするんだから心配しないようにと話す。その証拠に改めて届ける婚姻届も用意してもらっていると説明する」といわれて、それもそうだと思い婚姻届に署名したとのことである。
■協議離婚は成立したが
そんなわけで、筆跡鑑定そのものは別に難しいものではなかつたが、なぜ奥さんが、最初に離婚届を偽造して、さらに婚姻届を偽造し、さらに改めて正規の離婚届を出したのか、その理由が分からない。市役所の戸籍課の担当者も相当にびっくりしただろう。
依頼人の井上さんによると、最後に出された離婚届は二人で話し合って、お互い納得して署名したものだそうである。それを奥さんが届出にいくことになっていた。一ヶ月ぐらいして井上さんが「離婚届は提出したのだろうな」と駄目押しをしたので、それで、やむなく正規の離婚届を提出したのだろうという。
それは分かるが、なぜその前に、離婚届と婚姻届を偽造して提出したのでしょうねと聞くと、「さあ………」というばかりである。
このケースは、井上さんに弁護士を紹介して、鑑定人の私としては一件落着なのでそれ以上は立ち入れない。
■男のウソと女の芝居
ただ、井上さんの断片的な話をつなげると、井上さんは、事業がうまくないので離婚してくれとウソをついて奥さんを口説いたらしい。
そして、作戦通り協議離婚が成立した。その直後に井上さんに彼女がいることがばれたらしい。
奥さんとしては、子供もいなかったし、仕方が無いと思って協議離婚に応じたもののどうしても腹の虫が治まらない。そこで、一芝居打ったのだろうと考えてみたが………それにしても何故そんな手の込んだやり方をしたのか………いまだに謎である。
このケースは男のわがままではあるが、男女の世界は、どちらが一方的に悪いとは決め付ける訳にもいかないだろう。
しかし、最初にウソで騙された奥さんの心境を想うと、同情の念を禁じることはできなかった。
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