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筆跡鑑定人ブログ-61
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
新宿・歌舞伎町ぼったくりバーの怖い手口
22年9月18日。大野宗治さん(一部仮名)は、その夜、上機嫌で新宿歌舞伎町を歩いていた。地方に住んでいる小学校時代の親友と30年以上ぶりに合ったからだ。夕食を共にし一杯やって積もる話に花を咲かせたばかりだった。
大野さんは税理士である。30代半ばに自営で開業し、10年ほど経過している。顧問先も徐々に増えてきて、ようやく安定軌道に乗ったところである。
深夜3時過ぎ、ほろ酔い気分でのんびり歩いていた大野さんの目の前に、黒人の大男が立ってニコニコと笑いかけてきた。「おにいさん、イッパイ飲んでいかない。千円でオーケーだよ」。呼び込みである。普段の大野さんなら相手にしないだろう。しかしその日は気分も良く、軽く飲んでもいいかなと思った。
「千円では済まないだろうが、1万円ぐらいならいいかと思ったのです」終電は終わっているし1時間も時間潰しをして始発で帰るのもいいか、どうせ土曜日だしと考えたという。案内されてビルの中の店に入った。ごく普通のスナックのような感じの店だったそうだ。
ただ、客が1人もいない。ところが、女の子が10人くらいもいる。それも、白人やら東南アジア風など国際色豊かである。メニューを見せられた。料金は、千円から数千円程度で普通である。(女の子は多いけど普通の店らしい)と、ちょっと不安になっていた大野さんは安心した。
何と17万円の請求
女の子は、大野さん一人しかいないから一斉に大野さんを取り囲む形になる。そうなれば仕方がないので、3人の女性に一杯ずつ奢った。その内、客も2~3人となった。
大野さんは合計でワインを4~5杯飲んだ。注文のつど、カウンターのバーテンダーがグラスをカウンターに持っていき注いでくる。「普通ならボトルを持ってきて注ぐだろうに変なやり方だなと見ていました。その程度の注意力はあったのですね」
大野さんは日頃からワイン数杯は飲んでいる。だから、その程度でひどく酔うようなことはない。しかし、その日は違った。猛烈に酔いが回ってきた。「今思うと、カウンターで何か入れていたとしか考えられません。ともかく普通のワインではなかったと思います」。最後のころにシャンパンを1本開けていいかと聞かれ、朦朧とした頭で承知したのは覚えている。
気がつくと朝の五時過ぎになっていた。大野さんは勘定を頼んだ。勘定書きを見てビックリ。何と請求は17万余円になっていた。女の子が飲んだ500円程度のドリンクが3杯、シャンパン1本、1000円のグラスワイン4~5杯でそんな金額になるわけはないと文句をいった。
呼び込み兼用心棒の黒人を呼び、話が違う、払う気はないと言った。「喧嘩をしてでも出てやろうと思いました」しかし、黒人と女性に取り囲まれ、店を出られる状況ではなかった。これはまともな店ではない、ともかく安全に店を出ることが第一だ、ここはカードで支払って店を出るしかないと思った。その上でカードはすぐに解約するなりして対応しようと考えた。
のらりくらりのクレジット会社
翌日、クレジット会社に電話をした。「責任者を出してくれ」と言っても対応の女性が2~3人変わるだけでまったくラチがあかない。それでも解約担当と名乗る男性に解約を申し入れた。この時点でカード使用の形跡はなかったが、遅れて届くこともあるといわれ、早く手を打ちたかったので、使用記録が届いたら連絡して欲しいと言った。しかし、それは出来ない、パソコンで自分で調べてくれと言われやってみたが解約したのでログインできない。
ともかく、請求が来るのか来ないのか不安だったが、取りあえず解約をしたことだし、「要望があれば店の調査に入ります。心配はいりません」との調査係の言葉などもありじっと我慢をしていた。
約一ヶ月半過ぎた11月末に、17万と9万円の請求が上がってきた。すぐにクレジット会社に連絡し調査を依頼した。担当者は、調査はアメリカから書類を取り寄せるので2カ月から4カ月ほど掛るとのこと。そんなバカなと思ったがともかく調査を依頼した。17万は決済し9万円は支払いをストップさせた。
すぐに新宿警察に行った。警官がクレジット会社に電話をした。「本人がサインをしたと認めていないものを支払うのはおかしいではないか、それは契約書に書いてあるのか」という警官の質問に、クレジット会社の担当者は「契約書にはないが前例ができると困るので対応できない」という意味の返答だったそうだ。
警察署もぼったくりバーと認める
また、警察は「本人の訴えだけでは取り上げられない、目撃者が必要だ」とのことで事件には出来ないとのこと。17万円については「これは明らかにぼったくりバーだ。我々もこの手の店を取締りたいと努力している。あなたも何とか払わないで頑張ってくれ。とりあえず、クレジット会社へは内容証明を出した方がいい」と言われた。
大野さんは22年12月2日に内容証明を送っているが、4カ月以上経過した現在クレジット会社からは返答はない。また、支払い停止を指示した9万円は、23年4月4日に引き落とされてしまった。クレジット会社としては調査の結果、本人のサインであると見なして引き落としたとのことである。
クレジット会社に掛け合うと、担当者は、カードが本物で署名があれば決済する仕組みになっていると、通り一遍の説明を繰り返すばかりで全くラチがあかない。また、問題の店(バー)は、事件後から電話は繋がらず、店は消えているそうである。
こんなサインで本人確認ができるのか
さて、そのクレジットカードと大野さんのサインを拡大したのが図Aである。そして、17万円の伝票への署名が図Bである。酔っていてうまく書けないので2回署名している。図Bについては、大野さんは署名そのものは自分がしたものと認めている。
それはさておいても如何なものだろう。図Bの署名は、「大●宗治」の4文字中、かろうじて読めるのは姓の「大●」の2文字のみである。あなたが金融機関の担当者だとしたら、このA・B二つの署名を同一人と認めて支払いをするだろうか。知人の銀行員は、当然支払えないと言った。もし、銀行がこの程度の署名で支払いをしたとしたら「過誤払い」として訴えられても文句は言えないだろう。
私がプロの筆跡鑑定人として言えることは、図Bは「鑑定不能」であるということである。鑑定不能というのは、この乱れ切った資料では本人とも別人とも言えないということである。つまり、筆跡鑑定人として本人とは認められない署名で、信頼委託を受けたクレジット会社が金を引き落としてしまっている。
さらに、資料C・9万円のほうは、大野さんが認めていないサインである。この署名はさらに乱れて、全文字がまったく読めない。この署名で本人確認が出来たとして、取り立てているのである。
クレジット会社は、「悪用されることを防ぐためにカードの裏に署名をせよ」と言っている。つまり資料Aの署名は、本人確認のために記入することになっているわけで、顧客も当然それを期待して署名している。それがこのケースでは全く意味を持たない結果になっている。
クレジット会社は、調査の結果、資料Cのサインを本人と認めて取り立てたとういうことである。つまり、資料Cと資料Aの筆跡は同一人の筆跡だというのだ。これは、筆跡鑑定人の立場から見れば到底納得できない。
Cについては、署名していないもう一つの根拠もある。それは、大野さんが認めている17万円の署名よりも、1時間以上も早い時間に署名したことになっていることだ。「支払いであれだけ揉めて、ようやく署名したのに、それよりも早い時間に署名したなどということはあり得ません」。しかし、思い返してみると、「カードの有効性をチェックします」ということで、その時間にカードを渡している。どうやらそのときにカードを切られたようだ。
クレジット会社は速やかに大野さんに返金すべきである
新宿警察も典型的なぼったくりといい、しかも電話連絡も繋がらない所在不明の店に、一流のクレジット会社がこのような状態で金を支払っている。(少なくとも大野さんからは取り立てている)。
顧客である大野さんから、「身の危険を感じて止むを得ずした署名だから支払いはしない。解約する」という通知を受けていながらである。さらに、9万円は本人がサインを否定しているのである。これが、顧客から信任を受けて活動する著名なクレジット会社に許されることであろうか。
大野さんは、今回のトラブルでクレジット会社の極めて不親切な対応や、部署名・担当名を名乗らず、責任者と連絡のつけられないクレジット会社の仕組みに翻弄された。クレジット会社の、このような責任回避的な仕組みに強い不信感を持っている。
大野さんは、クレジット会社への内容証明で、「カード会社の持つ社会的影響力や責任は大きく、このような犯罪の助長になるようなことがあってはならないと私は考えており、たとえ意図的に対応を遅らせているのでなくとも対応改善の必要があると思います」と述べている。
私は、たまたま筆跡鑑定上の相談を受けた筆跡鑑定人であるが、このクレジット会社は、対応の不適切さの謝罪を含めて即刻全額(26万余)を返済する義務があると思う。力になってくれる弁護士さんはいないだろうか。
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