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筆跡鑑定人ブログ-74
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
郵便局長の犯罪
昨年夏から、今年の春にかけて高田千代子(仮名)さんの依頼で、3件の鑑定書を作成した。内容は、神奈川県高座郡の某郵便局・局長による「かんぽ生命保険」の保険金横領事件である。
かんぽ生命保険は、2007年10月1日の民営化後、職員による多くの不正事件が発覚し、その件数は、支払請求のあった保険金等不払い・80万件、未請求の保険金不払い・60万件と言われ、総務省や金融庁から改善命令が出ている。
その手口は、販売員の単独犯のほか、郵便局長がらみの組織的なもので、長期にわたり反復されている極めて悪質なものが多いと報道されている。かんぽ生命保険広報部の発表によれば、静岡県浜松市の浜松領家郵便局の元局長・石川泰三(47)が横領の罪で浜松東警察署に逮捕されたが、事件の大きさから見て、氷山の一角にすぎないようだ。
高田さんのケースはさらに悪質で、保険の不正だけでなく、郵貯の定期預金や普通預金でも強い疑惑がある。払戻をした覚えのない預金の払戻があり、それを質すと、偽造されたとしか考えられない引出伝票を示してくる。普通預金の台帳を見せてくれと言っても決して見せないなど、考えられない行動だということである。
かんぽ保険に絞っても、積立保険や年金型の保険などの、何と10件も不正が行われている。具体的には、加入して、数年間銀行から掛け金を引き落としされた保険が加入していないと言われたり、満期になった還付金がとんでもない少額しか戻らないなどである。その損害額は数千万円になっている。
局長はウソをつく、言を左右にする、揚句は怒り出す始末
それらについて、保険の申込書などの提示を求めると、本来、高田さんが記入して申し込んだものではない「偽の申込書」を出してくる。それについて質すと、郵便局長は、言を左右にして、揚句は怒鳴りつけるなどして話にならない。高田さんは、やむなく裁判に持ち込んで現在係争中である。
高田さんの事件の鑑定書は、ご本人の保険や年金の契約、ご主人の保険や年金の契約、三人の子供の積立型保険など、いくつもある案件の中から、今回は、三つのケースについて鑑定書を作成した。
今回示す鑑定資料は、郵便局が提出してきた「保険契約申込書」であるが、まず、この申込書が極めて疑問である。名前の筆跡と印鑑が違うのは分かっているが、複写が極めて不鮮明である。今回の資料は、1987年と古いものではあるが、20年程度でこのように黒ずむ筈はない。火事にでも逢った資料の様である。
これが偽造の「申込書」
それはさておき、資料と鑑定の一部をご紹介したい。つぎに示すのが鑑定すべき高田さんのご主人の申込書である。赤枠で囲んだ部分が鑑定する氏名。プライバシー保護のため、お名前の一部を消去している。
つぎが鑑定書の一部である。お名前の中の一字「明」の文字である。上の段に3つ書いてある資料Cというのが、ご主人の真筆である。下段の不鮮明な2字(資料A4)が偽造された文字である。
この文字では、資料A・Cの相違点を3か所指摘した。aで指摘したのが、「月」字の第1画の始筆部である。本人の資料Cは「月」字の上部よりかなり低い位置から始筆する個性的な書き方である。3文字が安定して同じ形状で、恒常性のある筆跡個性であることを示している。
対して鑑定資料Aは、ごく普通の位置から始筆している。それも、2字に安定して表れているので違いは明白である。この1箇所をみても同一人の筆跡と見る人はいないだろう。
bで指摘したのは、同じ第1画の終筆部の位置である。高田さんはこの第1画を非常に短く書き、標準よりも高い位置で終わっている。これも個性的な筆跡個性である。鑑定資料Aは、ほぼ標準的な長さで、これまた2字に安定して表れ違いは明白である。
つぎに、cで指摘したのは、「月」字の第2画の横画の運筆である。高田さんは下から始筆して上に丸くドーム型に運筆する個性的な書き方である。鑑定資料Aは、ごく普通の横線で、これまた明確に異なっている。
他にも違いはあるが、分かり易い箇所に限定した。指摘した特徴が、資料Aの2文字と資料Cの3文字にそれぞれ安定して表れている。この3か所の違いだけでも、資料A・Cが別人の筆跡であることは明白である。
疑問の余地がない偽造の保険申込書
このような内容で合計3つの鑑定書を作成した。いずれも全く疑いの余地のない偽造である。私が冒頭に、「神奈川県高座郡」や「局長の横領」などとはっきり書いているので驚いた方もいるかもしれない。
しかし、私は、筆跡鑑定人として、偽造の事実をはっきり確かめている。その立場から明言しているのである。皆さんは、かんぽ保険の販売窓口である郵便局や郵便局長が、このような悪事を働くなどは想像もしなかったのではないだろうか。
この郵便局長だけの問題だろうと思われるかも知れない。しかし、金融庁から厳しく行政指導を受けていることから分かるように、かんぽ生命保険のその販売現場の実態は、内部牽制がなく相当に怖い状態の様子である。
皆さんも安心しきっていないで、かんぽ保険加入者は、一度書類を点検されることをお勧めしたい。何故、このような事件が多発しているのかについて、識者は、組織にコンプライアンスの意識がなく、内部監査能力が欠如しているからと言っている。
高田さんは、何回となく行った交渉の経験から、「郵便局は組織ぐるみで誤魔化そうとしている。総務省にも相談したが、逃げ腰で対応してくれない。結局、国が国民のお金を盗んでいるとしか言いようがない。私は真実を解明するまではこの戦いをやめる気はない」と話している。
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