オウム・高橋克也と早川紀代秀の筆跡

筆跡鑑定人ブログ-83

筆跡鑑定人 根本 寛
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11時半から夜の8時まで収録に協力する

6月13日(水)は、テレビ局の取材攻勢にあった。10時頃、まずTBSから電話が入った。オウムの髙橋容疑者の筆跡が警視庁から発表されるので、コメントしてくれとのことである。

オフィスに伺うので撮影させてくれとのこと。そこで、11時半から1時間と約束した。その間にも、立て続けに電話があり、結局その日は11時半から夜の8時まで、ほぼ休憩なしで述べ6番組の取材を受けた。

取材は、髙橋容疑者の筆跡から彼の人物を説明してくれということと、「9」の字を変わった形に書いているので、それが逮捕につながらないかなどである。「9」字はループを普通の逆の「時計回り」に書いていることだ。

この「9」字については、おおよそ40人に1人程度が書く希少筆跡ではある。まずは、この書き方の文字を見つけたら逮捕につながる可能性はあるだろう、しかし、名前の文字のほうは、強い癖はないので、別な名前を使われたら難しいだろう…などとコメントした。

これが髙橋容疑者の筆跡

さて、勤め先の従業員名簿に書かれた名前と住所「神奈川県川崎市」等の漢字から、髙橋の人物像を探ってみよう。…第一に、全体として角張った字体で、筆跡はやや稚拙な印象だが、崩さずに楷書で書いている。

銀行から預金を引き出したときは相当に焦っていただろうに、伝票への名前の記入は、すこし乱れてはいるが崩さずにキチンと楷書で書いている。

これは、焦っていない訳ではなく、行書の書き方ができないということだと思う。ただ、「櫻」の字だけは「桜」と常用体で書いている。

このような字体の傾向から見ると、一旦身に付けたルールは崩したりしないで、いつまでも忠実に守るという律義な性格が読み取れる。それだけに、柔軟性は乏しく、状況に機敏に対応する柔軟性は乏しいと思われる。

一言で言って、理屈中心の技術者肌と言えるだろう。酒を飲んで調子を外したりする面白さはなく、あてにはなるが面白い人物ではなさそうだ。このような堅実さが、なかなか捕まらなかった原因の一つだろう。

技術者タイプだと説明したら、キャスターの所太郎さんが、「その通りです。彼は、元はIT会社の社員だったのです」という。後で履歴を調べてみたら、なるほど、高等専門学校を卒業した後、そのような会社に就職していた。

生真面目・几帳面で理屈っぽい性格

つぎに、細かく見ていくと「木偏」の頭部突出がかなり長い。住所の大島町の「大」字も同じ傾向である。これは、ワンマン的な傾向で、人の意見などを受け入れる協調性はないと判断される。

「木偏」や「神」の文字、あるいは「川」の第1画、つまり、本来は左に払う運筆の部分が、すべて払わずにグイと止めている。これは、美しい人やもの、あるいは綺麗な旋律などへのデリケートな感性の不足を感じさせる。

このように、見てくると、やはり、論理中心の技術者タイプで、目的志向性は高いが、人生のわき見をしたり、人に恋したりする人間味は乏しいタイプの様である。つまり、情緒面はあまり発達していないと思われる。

「どのような逃げ方が考えられますか?」と質問があった。私は「高跳びするような人ではないでしょう。そういう発想はないと思います。勝手知った土地で堅実に逃げまわりそうです」と答えたが、2日後に逮捕された状況は、まさに人物像から想像した通りの姿だった。

裏のトップとも言われた早川紀代秀の筆跡

つぎは、同じオウムでも、裏のトップといわれた早川紀代秀の筆跡である。早川紀代秀は、建設省大臣として、一色村のサティアン建設やサリンプラント建設などを指揮している。それだけではなく、ロシアには21回も出かけ、大型ヘリの買い付けなども行っていた。

オウムを研究したある作家は、「麻原は宗教ビジネスを発想する天才」で、「早川はその裏付けをする役割だ」といっているが、確かに、麻原の妄想を現実化する強力なパートナーであったようだ。

神戸大農学部の出身で、大学ではバイオを研究したと言われている。オウムの幹部の中でも、当時、40歳代と年長で、麻原の次あたりにいてかなり自由に行動していたらしい。

サリン地下鉄事件のときも、一人ロシアにいて、アリバイ作りをしていたのではないかと言われている。逮捕されるといち早く麻原を批判し、人生をやり直したいと言った。それだけの狡猾さを備えているようだ。

これが早川メモの筆跡

早川紀代秀の筆跡については、数か月前にあるテレビ局から、筆跡鑑定の依頼を受けた。「早川メモ」という膨大な資料があり、その中から、彼の筆跡ではないものを調べてくれと依頼されたのだ。つぎが早川の筆跡である。

「ガスレーザー…」「物理的なプロセス」「出力の…」など書かれているが、ご覧のように、髙橋とは対照的な、大きく崩した滑らかな字体である。ルールに縛られる髙橋とは正反対の筆跡といえる。

自分のノートへのメモだから、人に読ませるものではないが、「物理的」の文字など自由自在に崩して書いている。社会的なルールに縛られることなく、自分の意のままに発想し行動する柔軟な人物だろう。

それだけに、同じ発想と言っても、一つのテーマを粘り強く追及するという学者タイプではなく、直感的に行動できる実務型のスピードのあるタイプのようだ。自信もありそうだ。死刑判決を受けているが、「人生をやり直したい」というのも、意外に本音なのかも知れない。

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