小澤一郎夫人の離婚状

筆跡鑑定人ブログ-82

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

笑ってしまった有田議員の主張

今年の6月は、筆跡がらみの事件が多かった。中旬にはオウム・髙橋容疑者の筆跡でテレビの取材攻めがあった。やれやれと思って一息入れていたら月末には小沢一郎夫人の離婚状問題が起こった。

離婚状とは、小沢和子夫人が知人に出した手紙のことである。便箋11枚にわたり、小沢一郎の隠し子や離婚問題、小沢一郎が放射能を恐れて逃げ回っていたことなど、政治家としていかにくだらない人間であるのかがリアルに書いてある。

東京スポーツ新聞から、私に問い合わせがあったのは、6月末だったが、永田町界隈へは10日ほど前からたくさんのコピーが送り付けられ、消費増税の採決直前のタイミングから、政治的謀略だという政治家も多かった。

とくに有田芳生民主党参議院議員は、代書屋の偽造だと論陣を張っていた。私は、一目で真筆だと分かったし、大抵の筆跡鑑定人なら私と同じく一目で見破るのに、政治家とはずいぶん大胆なことを言うものだなとあきれていた。

このような、世間を騒がした意見に対して、正しい内容をお知らせするのも私の一つの役割かなと考えて、このブログをお届けする次第である。

小沢夫人の離婚状には心底からの怒りがこもっている

手紙の内容は私が言及すべきことではないだろうが、私には「耐えてきた人間の真の恨み」が感じられ、公開の方法やタイミングはともあれ、内容的には誰かにそそのかされたり、作文したものではないようだと感じた。

小沢一郎には結婚前から付き合っていた女性がいたが、田中角栄に、水商売の女はだめだ、誰でもいいから金のある女と結婚しろと言われていたこと、さらには、3年前には隠し子が発覚し、その女性に預けていることが述べられている。

特に、小澤から「その女性とは別れられないが、おまえとは別れられる。いつでも離婚してやる。お前の世話になったことはない、うぬぼれるな」と言われ、深く傷ついた様子が書かれている。

「30年間頑張ってきた自負心が粉々になり、一時は自殺も考えましたが、息子たちに支えられここまでやってきました」との文言には、本人にしか言えない真実の苦悩の言葉だなと感じられた。

夫人の手紙は、読売新聞をはじめ多くの週刊誌などに取り上げられ、「本物だ!」「偽物だ!」と、6月末には大いに盛り上がっていた。東京スポーツの記者・小林宏隆さんから鑑定してくれと連絡があったのは、そんなタイミングであった。

スポーツ新聞しか自由な報道はできないのか

一部の小澤擁護派の意見には、「たかがスポーツ新聞が…」との侮蔑的な発言もあったが、記者の小林宏隆さんの記事は「署名記事」であり、専門家の意見を入れて、反論や異論を受ける覚悟で責任を持って書いているものだ。

わが国は、欧米と異なり、マスメディアでも大部分は匿名記事で、文責が曖昧である。ジャーナリズムの多くの関係者にも「ゆゆしき問題だ」と指摘されている現状からみれば立派な態度である。

デスクとの信頼も厚いらしく、私の鑑定を信頼して手を入れたりしないで掲載してくれる。それを知っているから、小林宏隆さんからは、「尖閣諸島の中国漁船衝突事件」、「藤井副長官15億円受領問題」などの依頼も受け、付き合いをしている。

さて、夫人の手紙の真贋だが、2つの側面から鑑定した。一つは、夫人の署名である。これは、本物は「小沢」、離婚状は「小澤」と異なっていることを含めて、有田議員は別人の筆跡だと大騒ぎしていた。

もう一つは、鑑定の基本の「手紙自体に作為があるか否か」ということと、「夫人の真筆かと否か」ということである。これには、夫人の真筆であるやはり知人にあてたハガキの文字との検証をした。

疑いようもない小沢夫人の真筆

まず、「手紙自体に作為があるか否か」ということだが、これは、有田議員が代書屋の仕事だ…などといっていることを検証するという意味もある。このように差出人が疑われる手紙は、「作為があるかないか」ということを解明するのも重要である。

作為がある文字は、同じ文字でも筆跡個性が変化することがある。人の文字には、個人内変動という自然の変化はあるが、それとは異なる不自然な変化である。自分の、本来の筆跡個性で書いていない文字には、不自然な変化が表れることが多い。

この面は全く問題はなかった。11枚の手紙全体が、一定の安定した筆跡個性で統一されている。ざっと見て、教養もあり、落ち着いた柔らかい人間味を感じさせる、文句のつけようのない書体である。

つぎは、ハガキの筆跡と照合して、夫人の筆跡か否かの鑑定である。この場合は、同じ漢字は見当たらないまでも、たくさんあるひらがなで照合した。ひらがなは、数多く書くこともあり、作為の意図があっても、その意識から外れることもあり鑑定上貴重な素材である。

すぐに気が付いたのは、「あ」や「お」の第1画・横画が短めなことである。下の円弧部分が相対的に大きいともいえる。どちらかというと、「あ」も「お」も、円弧の左サイドが大きく膨らんで、文字全体としてはやや横広の字体である。

余談だが、この横に広い文字を書く人は、体を動かすことを嫌がらない庶民的な性格と言える。夫人は、夫の政治活動で集まりがあると、台所を引き受け裏方に徹していることが多いと言われているが、それと一致する字体と言える。

つぎに「お」字の第3画に面白い特徴がある。最初は、標準的に斜めの字画として書かれている。それが、気分が高まってくると、徐々に立ち上がり、ついには直立した字画線として書かれるようになる。

これは「濁点」も同じ傾向である。このような字形は、若い子の丸文字で見ることがあるが、夫人ほどの年代の方にはやや珍しい傾向である。このように、最初は習った形に書いているが、段々と他に神経が集中してくると本来の筆跡個性が表れてくるということはあるものである。

ともかく、このようにして6文字ほども、ハガキの筆跡と離婚状の筆跡で筆跡個性の同一性を確かめた。名前を照合するまでもなく、離婚状はまぎれもなく夫人の真筆であることがわかった。

「運筆」から見ると小沢和子の氏名の筆跡は瓜二つだ

さて、最後に、有田議員が別人だと騒いていた2つの氏名の筆跡を説明しよう。つぎに示したのがその筆跡である。右側の「小澤」と書かれているのが、問題の離婚状の最後にある署名である。

ところで、このように「小沢」と「小澤」を併用する人は、おおよそ3割程度はいる。小沢一郎自身も、例の土地購入の疑惑事件で、両方の字体を使っていて珍しいことではない。普段は「小沢」で、丁寧なあるいは正式の場では「小澤」を使う人が多い。

図に示したように、ごく大まかに見ても9点の類似点がある。細かく見れば、その倍くらいはある。図の説明で分かると思うが、少し説明しよう。第1に、「小」字の中心画である。少し左に傾き僅かに湾曲した筆跡個性がよく類似している。

有田議員も言っていたと思うが、終筆部が左は小さく横にハネて、右は左に流れている…違うではないかという人がいる。確かに字形としては少し異なっている。しかし、筆跡鑑定は字の形を見るだけではない。

字の形はなにから生まれるかと言えば、「運筆」の結果として紙面に表されるのである。つまり、運筆が原因で字形は結果と言うことになる。筆跡鑑定では、結果としての字形だけではなく、その基になる運筆も調べている。

筆跡鑑定は「字形」「運筆」「深層心理」の関係の理解が鍵だ

有田議員のように、結果としての字の形にばかりこだわっていると鑑定は誤ってしまう。この「小」字は、「字の形はそっくりではないが、運筆を見るとそっくり」だからである。片方は終筆部を左に小さく曲げ、片方は左に流す、これはかっちりとハネないという点で、まさに同一人の運筆傾向なのである。

しかし、実際は、有田議員を笑ってばかりはいられない。同じレベルの鑑定人もいないとは言えない、それは、何故かと言えば、「筆跡個性」というものの因って立つ本質を知らないからである。

たとえば、いま説明した「小」の字中心画は、少しルーズともいえる柔らかな運筆である。しかし、人によってはかっちりと直線的な運筆の人もいる。その違いを生み出しているには何だろうかということである。

「それは癖でしょう」、「習慣でしょう」など言う方が多い。「癖」といい「習慣」といい誤りではない。しかし、その「癖」や「習慣」の中心になっているものは何だろうかということである。

それは「深層心理」であり、一般に「性格」と言われるものである。それが核になり、行動を司り、結果としての字形を表出させているのである。それを図解するとつぎのようになる。

つまり、われわれの行動は、大部分が深層心理によって管理されているのである。われわれは、意識して行動しているように思っているが、大部分の行動は深層心理によって管理され、無意識に行っているのである。

たとえば、出勤の支度をしようとは意識していても、どのようにして顔を洗い、どのようにシャツを着たのかなどはほぼ無意識に行っている。それでも間違いなく出来るのは深層心理によって管理されているからである。

文字を書くのも行動だから、同様に深層心理によってコントロールされている。(このことをもっと詳しく知りたい方は、このブログの80話「異なる文字による筆跡鑑定」をお読み下さい)

小沢夫人に置き換えれば「小」と書くということは自覚していても、「第1画をどのような形に書こうか、ハネの強さはどうしようか」などは意識しないで書いているわけある。その結果、ご覧のような字形になるのである。

柔らかな線質で湾曲気味に書いたということは、彼女の深層心理(性格)が書かせたのである。その深層心理は、品の良い日本女性としての、物腰の柔らかさや、読む人に対する配慮といった、さまざまな知性や訓練などのたまものが凝縮された深層心理(性格)の発露なのである。

すこし筆跡鑑定の理論に脱線したが、このような、ヒトの内面の筆跡のありようを知らないと、本当の筆跡鑑定はできない。余談だが、わが国の警察系鑑定も、ほとんどの鑑定人も、このような側面には無知である。

……ということで、夫人の氏名の筆跡については、9箇所の類似点を説明した。どこから見ても、同一人の筆跡だと自信を持って鑑定したのであった。

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