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筆跡鑑定人ブログ-11
- 筆跡鑑定人 根本 寛
- このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。
鈴香のつくったチラシの文字
新聞社の依頼で、秋田の児童連続殺人事件の容疑者畠山鈴香の筆跡を分析した。
私は、筆跡鑑定人として司法関係の筆跡鑑定に当たる一方で、筆跡心理学の立場から、筆跡から書き手の性格や深層心理を判断する研究もしているので、手前味噌に聞こえるかも知れないがこのような分析には確かに適任といえる。
鈴香は、最初、死体で発見された娘の彩香ちゃんについて被害者を演じていた。しかし、その後米山豪憲君(7歳)の殺人容疑を供述し、その後彩香ちゃん(9歳)も殺害したと供述して再逮捕された。
「橋から帰ろうとしたら娘が駄々をこねたので、イライラして突き落とした」
鈴香は秋田県警能代署の調べに対し、豪憲君のときと同じように、彩香ちゃんの殺害についても泣きながら供述した。突き落としたのは夕方の6時45分ごろ、その時の状況については「一部に記憶がない。後で思い出す」といった。短絡的な犯行の背後には、複数の男関係や子供の身の回りの世話を十分しないネグレクト(養育放棄)があった可能性も指摘されている。
■気の荒さを示す「異常接筆」
さて、畠山鈴香の筆跡はマスコミで少なくとも二種類が公開されている。 一つは「報道関係者各位」というもので、報道関係者への自粛を依頼する文面。もう一つは彩香ちゃんの情報提供を呼びかけるものである。
両方とも、自分は被害者として呼びかけたものだ。 報道関係者への自粛文は、さほど変わっていないが、情報提供を呼びかけるものには筆跡心理学的に興味深いいくつかの特徴がある。
まず、第一には「異常接筆」である「鈴」や「絡」の字に見られる。異常接筆とは、普通は衝突したりしない線が衝突することである。特に「絡」の文字では「各」の字の右払いを「口」の字で「ズバッ」と切るように交差させている。
この文字を書く人間は、気が強く、勘も鋭い傾向がある。普通の人はこのような部分を衝突させないように本能的に抑制するものである。しかし、異常接筆を書く人は、むしろ抑制しないで衝突させることに快感を覚えるらしい。文字を書くという行動には、日頃の行動傾向が表れるから、文字の線が衝突するということは、日常行動でも人とトラブルを起しやすい。
■酒鬼薔薇聖斗の角張った筆跡の意味
第二には、筆圧の強い角張った文字でありながら「ハネ」が無いか、あっても極めて弱いということである。これは「色、毛」などを見ていただくとよくわかる。このほかにも「記、町、地」などの字にもまったくハネがない。
筆圧が強く角張った文字を書く人は、頑固で粘着気質の傾向があり、普通ハネは強いものである。しかし、私が今まで研究した結果では、ほとんどの犯罪者はハネを書かないか極めて弱い傾向がある。これは詐欺やこそ泥のような犯罪者も同じである。
ハネが表す性格は「最後まで力を抜かない」ということでわかるように、粘り強く責任感が強いことが多い。ところが、多くの犯罪者はそのハネを書かない。ハネを書かないということは、じっくり粘って考えたりしないのだから行動は早い。
頑固で粘着気質でありながら行動は早いということが何を意味するだろうか。整理するとつぎのようになる。
まず「頑固」は「頑迷」にもつながり、視野が狭く自己中心的な思い込みが強くなる。粘着気質は思い込みに囚われ怒りを爆発させる大きな「爆発力」に繋がり、それに行動の早さが加われば、突発的で激情的な暴力行為に走るだろうということは想像がつく。そのせいか、このような筆跡の者は暴力犯に多い。 一方、詐欺やこそ泥などは、丸っこく滑らかな文字を書く人が多い。
実は鈴香と同じ筆跡特徴を持つ人物の一人が、10年前に日本中を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗」である。酒鬼薔薇の文字も筆圧が強く、角張り、そしてハネがないという暴力犯に特有のパターンを持っている。
ただし、酒鬼薔薇の場合は、文字が水平だから激情というよりは、そういう凶暴なものを心底に潜ませながらも、感情に流されない「冷酷」な面が強かったようだ。
酒鬼薔薇の筆跡は特に文字が直線的である。曲線は柔らかい感情の現れであり、直線的ということは「感性が未発達」ということになる。酒鬼薔薇の場合は、人間らしい感情が芽生えていないか、あるいは拒否している姿と言えるだろう。それに比べると鈴香の場合は、多少は曲線も混じり良くも悪くも感情が表に出るタイプのようだ。
ネグレストを行う母親は、自分も同じ経験をした者が多いといわれる。いずれにせよ、酒鬼薔薇聖斗にせよ、畠山鈴香にせよ、暗黒の心の深淵を見せつけたような筆跡である。
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