スコトマと筆跡

筆跡鑑定人ブログ-33

筆跡鑑定人 根本 寛
 このコーナーに書くのは、事実に基づく、筆跡鑑定人の「独り言」のようなものです。お気軽にお付き合いいただければ幸いです。ただし、プライバシー保護のため固有名詞は原則的に仮名にし、内容によってはシチエーションも、特定できないよう最小限の調整をしている場合もあることをご了解ください。

 

スコトマという偏った思い込み

先日、ある講演を聴きに行ってスコトマという言葉を知りました。コーチングやカウセラーをやっている方はご承知のことでしょうが、私は初めてでした。

「心の盲点」とか「偏った思い込み」ということで、語源はギリシャ語で「傷害」の意味だそうです。それが医学用語に転じて「視界中の暗視」という意味になり、更に転じて心理学用語で「心理的盲点」となったとのことです。
つまり、私たちは自分で知っていると思っている認識領域や自分についてのイメージの中に、偏った思い込みや見えない盲点があるということです。図形にするとつぎのようになるでしょうか。

地方から出てきたある若者は「東京に行って町を歩けば芸能人にいくらでも会える」(笑)と思っていたそうで、これなど典型的な思い込みですね。

妻は子供のころ「アメリカ人は皆金髪で目が青い」と思い込んでいたそうです。私は田舎で育ちましたが「都会の人は肉体労働をしないので皆モヤシのような体型だろう……」と思っていた時期がありました。考えてみれば、社会経験の少ない子供の頃は、誰でも「スコトマだらけ」なのかも知れませんね。

子供のスコトマは罪がありませんが、これが、会社の上司やリーダーの スコトマとなると周りの人には大変有害なものになります。「本人は進歩的な人物のつもりでいるけど、周りの人から見ると超保守の頑固者」というようなことは多いものです。

実は、多くの人は「自分のことはわかっている」と思っていますが、人は誰でも、大なり小なりスコトマに囚われているということです。

現状打破ができない理由

今の時代は、どこの会社でも、今まで以上の成果を挙げるよう変革が求められています。私は経営コンサルタントとして30年のキャリアですが、どこの会社でも、若手社員の新しい提案を「うちの会社の実力じゃ無理だよ」などといって取り上げようとしない上司がいるものです。

これも典型的なスコトマといえます。「うちの会社はこの程度のもの」という偏った思い込みに囚われているわけです。これでは変革も進歩もできませんし、業績の向上にはなりません。
「今までと同じやり方でやっていては、既に得たものと同じものしか得られない」のですから。

スコトマは、このように、特に変革や進歩への大きな障害になります。また、自分自身を客観的に理解していないというセルフイメージのスコトマは、人生全般について失敗の原因となります。

たとえば、私は自分自身について「内気でシャイだ」と思っていましたが、妻にいわせると「おしゃべりで自己主張が強い」(笑)のだそうです。「内気でシャイ」なのは、可愛いところがありますが、「おしゃべりで自己主張が強い」のでは、周囲に嫌がられるでしょう。

ですから、スコトマ、つまり「偏った思い込み」や「間違ったセルフイメージ」に気付くということは、仕事の面や部下指導、あるいは人間関係の改善などを通じて、人生全般の現状を打破してゆく第1ステップとして極めて大切なことといえます。

この気付きは「無知の知」……つまり「自分は知らないということを知る」という大事なステップなのですね。しかし、これはなかなか難しいことなのです。

私どもは「筆跡心理学の教育」を行っているのですが、筆跡心理学を学ぶメリットの一つは「自己を深く知る」ということがあります。これはまさに「スコトマに気付く」という重要なものなのです。
筆跡を介して自分の性格やパーソナリティを再確認するということは、まさにスコトマの気付きそのものなのですね。

「ジョハリの窓」理論にもスコトマが

スコトマが存在するセルフイメージは、自分で理解している顕在イメージと、意識されていない潜在イメージの二つがあります。そして、顕在イメージよりも潜在イメージが遥かに強力に私たちをコントロールしているのです。

このセルフイメージについては、「ジョハリの窓」という有名な心理学の理論があって、これはスコトマと密接に関係しています。この理論では、私たちは、つぎの図のように四つの窓を通して自分を理解しているといわれます。

①「オープンな窓」……自分の性格について、自分も周囲の他人も理解している窓。

②「秘密の窓」……自分の性格について、自分は知っているが周囲の他人は理解していない窓。

③「盲目の窓」……自分の性格について、周囲の他人は理解しているが自分ではわからない窓。これがスコトマです。

④「未知の窓」……自分の性格について、自分も周囲の他人も理解していない窓。

ジョハリの窓理論
3番目の「自分の性格について、周囲の人はわかっているが自分ではわ かっていない盲目の窓」こそ、スコトマそのものなのです。

 

筆跡から見えるスコトマ

たとえば筆跡からどのようなことがわかるかという一つの例を挙げましょう。皆さんも実験してみてください。適当なメモ用紙が何かに、気楽に「東京」と書いて見てください。

図と照らし合わせて、文字の横線が右が上っているのか、水平気味なのか、右が下がっているのかを見てください。

ジョハリの窓理論
①の右が軽く上る人は、常識的でやや保守傾向の人です。

②の右が下がる人は、批判的で一家言を持つ人が多いのです。

③の水平気味に書く人は、保守でもなく革新でもない中道派の人です。

これは、心理学的分析で占いではありません。まず①の軽い右上がりの人ですが、漢字は本来軽い右上がりで書くのが標準となっています。それを素直に実行しているのは、世の中で良いといわれることを素直に実行しているということで常識的であり、保守傾向の人といえるのです。

②の右下りの人です。この書き方をする人は、世の中で良いといわれることに盲目的に追従するのをよしとしない人です。常識といわれるようなことに単純に追従しないのは、批判精神があるからです。

だから、このような人は、社長が新方針を出したりすると「くだらん!」などと、まずは批判することが多いのです。

それだけに、このタイプ人は評論家など文化人が多いのです。世も中は、何でも良いと受け入れる人ばかりでは進歩がありません。このような批判精神の持ち主は、少数派ですが、貴重な存在といってもよいでしょう。

③の水平気味に書く人です。このタイプの人は、保守でもなく、革新でもなく中道派の人です。何事にも公平でクールな対応をすることが多いでしょう。

自己理解が深まることで他者理解も深まる

いかがでしょう。あなたは自分で自覚しているセルフイメージと、ここでの解説が一致していると感じたでしょうか。

ここで大切なことは、セルフイメージといっても、それは顕在イメージと潜在イメージがあり、人間の行動を支配しているのは、潜在イメージの方が大きいことです。そして潜在イメージは普通自覚しにくいものです。ですから、仮に一致しないと思っても、本当にそうなのかどうか一度じっくりと考えてみる必要があるわけです。

筆跡心理学を学べば、筆跡から自己を一段と深く理解することができます。そして、それはスコトマの気付きと修正のよいチャンスになります。自己理解力が深まることは、他者理解力も深まることですから、人間関係力が向上し、リーダーは、「部下指導」や「適材適所」に役立てることができるのです。

つまり、先の「ジョハリの窓理論」でいえば、次図のように、「自分も他者も理解しあえるオープンな領域が拡大」していくことになり、それは、仕事であれプライベートであれ、幸せや社会の進歩につながるのです。

理解しあえるオープンな領域の拡大
★このブログはお役に立ちましたでしょうか。ご感想などをお聞かせいただけば幸いです。
メール:kindai@kcon-nemoto.com

話数 筆跡鑑定人ブログバックナンバー
第八十八話 遺言書の偽造あれこれ
第八十七話 筆跡鑑定における経験則とS/N比
第八十六話 筆跡鑑定の誤りは何故発生するのか
第八十五話 一澤帆布の遺言書事件の教訓
第八十四話 スペシャルポイント鑑定
第八十三話 「季節外れのカニ鑑定書」とは
第八十二話 小澤一郎夫人の離婚状
第八十一話 オウム・高橋克也と早川紀代秀の筆跡
第八十話 異なる文字による筆跡鑑定
第七十九話 舞の海は筆跡も「八艘飛び」?
第七十八話 小沢一郎も関係?藤井裕久の筆跡鑑定
第七十七話 英文署名の筆跡鑑定
第七十六話 NHKから依頼された「孫文」の筆跡鑑定
第七十六話 NHKから依頼された「孫文」の筆跡鑑定
第七十五話 「ひらがな」による筆跡鑑定
第七十四話 国民のお金を盗み取るかんぽ保険
第七十三話 浅田真央さんと安藤美姫さんの筆跡
第七十二話 狭山事件・石川一雄さんの手錠を外したい
第七十一話 警察系筆跡鑑定の問題点
第七十話 岸恵子さんと島倉千代子さんの「超越文字」
第六十九話 左手と右手で書いた文字の鑑定
第六十八話 「作為文字」の正しい鑑定とは
第六十七話 吉行淳之介と野坂昭如の筆跡
第六十六話 「不倫はやめなさい」という怪文書の鑑定
第六十五話 誤字は筆跡鑑定の宝物
第六十四話 豊臣秀吉の大きな錯覚
第六十三話 運を開く遠藤周作の筆跡
第六十二話 企業における筆跡鑑定研修の必要性
第六十一話 クレジット会社の恐るべき不誠実
第六十話 新田次郎の筆跡を見る
第五十九話 左手で書いた遺言書を右手の筆跡で証明
第五十八話 開高健の筆跡を読む
第五十七話 暴力犯の筆跡
第五十六話 松下幸之助の筆跡
第五十五話 「いい仕事をしてますね」の中島誠之助さんの筆跡
第五十四話 本田宗一郎の筆跡
第五十三話 横峯さくらさんを「勝手に筆跡診断!」
第五十二話 一澤帆布事件の真相
第五十一話 科捜研鑑定と私の鑑定の違い
第五十話 人気の「池上彰」さんを裸にする
第四十九話 ビデオ流出海保安官ってどんな人間?
第四十八話 筆跡鑑定の工夫
第四十七話 異なる文字では鑑定はできないのか
第四十六話 君が輝いていたころ
第四十五話 多くの筆跡鑑定書の問題点
第四十四話 高橋尚子さんの筆跡
第四十三話 筆跡鑑定のカギ・筆跡個性
第四十二話 私が誤った鑑定書を憎む理由
第四十一話 筆順は鑑定人の強い味方
第四十話 筆跡鑑定人の悩み
第三十九話 木嶋佳苗ってどんな人間?
第三十八話 失敗しない鑑定依頼の方法
第三十七話 ある鑑定依頼人の逆転勝訴
第三十六話 タレントさんの意外な筆跡
第三十五話 中田カウス事件の筆跡鑑定
第三十四話 筆跡鑑定と筆跡心理学の関係
第三十三話 スコトマと筆跡
第三十二話 筆跡鑑定書の信頼性
第三十一話 白洲次郎の筆跡
第三十話 一澤帆布事件では何故警察の筆跡鑑定が敗れたのか
第二十九話 日本の誇る鉄人クライマー「小西浩文」の挑戦
第二十八話 何とかならないのか、警察OBの鑑定書
第二十七話 「ためしてガッテン」に出演
第二十六話 円満紛争解決学
第二十五話 石川遼君の筆跡
第二十四話 岡田監督の筆跡
第二十三話 三浦和義の筆跡
第二十二話 芸能人の筆跡あれこれ
第二十一話 コンピュータの鑑定は人間より信頼できるか
第二十話 堀江貴文・佐野厄除け大師の怪
第十九話 トイレ万札事件の主人公は?
第十八話 ぶるーくろすで虐待はあったのか
第十七話 誤字はダイヤモンド
第十六話 イジメと切れやすい子供の筆跡
第十五話 塩尻市男女変死事件
第十四話 文部科学省への自殺予告文
第十三話 冤罪を晴らす
第十二話 ドメスティック・バイオレンス
第十一話 畠山鈴香と酒鬼薔薇聖斗の筆跡
第十話 プロの目・アマの目
第九話 狙われた宮司の財産
第八話 遺言書偽造事件
第七話 鑑定における統計的なアプローチについて
第六話 1ヵ月に2回離婚した夫婦
第五話 他人が手を添えた署名は有効か
第四話 営業マンの犯罪
第三話 間違いのない鑑定依頼の方法
第二話 変体少女文字の怪文書
第一話 ちょっとした工夫で納得性を高める